德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

ティモシー・スナイダー著,池田年穂訳「ブラックアース:ホロコーストの歴史と警告」(慶應義塾大学出版会)

遠く離れた極東の島国で、このように言う人がいる。
ウクライナは抵抗を諦めロシアの侵略を受け入れるべきだ」と。
正気かと思ってしまう言葉であるが、この言葉を話している本人は正気である。それこそが戦争を回避できる方法だと真剣に思っているからこそ、上段のような言葉を口にする。口にする自分は何の問題もない言葉を口にしていると信じている。

その信念を根底から覆し、ウクライナがなぜここまで懸命に抵抗しているのかの答えを示す数多くの書籍のうちの一つが本書だ。本書は、侵略を受け入れるとどのような結末を迎えるかを記している。

本書は主としてナチスの悪行についての分析を記した書籍であるが、同じ悪行はソビエトもしている。これは侵略者に共通していることであり、ヒトラーも、スターリンも、プーチンも、同レベルで落ちぶれた存在へと堕している。すなわち、

殺し、

犯し、

奪い、

連れ去り、

後には何も残さないという侵略を繰り広げている。

しかも、侵略者が直接殺し、直接犯し、直接奪い、直接連れ去るだけではない。侵略者だけでなく侵略の被害を受けた側が、侵略者の支配する場で生き残るために侵略者の手足となり、侵略者の代わりに殺し、侵略者の代わりに犯し、侵略者の代わりに奪い、侵略者の代わりに連れ去る。昨日まで友人であった人が侵略者の手先となって仲間を殺し、犯し、奪い、連れ去るのだ。

侵略を受け入れて年月を経た後、侵略者を追い出して国土を取り戻したとき、待っているのは勝利の高揚感だけではない。取り残された侵略者、そして、それまで侵略者の手足となっていた者に対する尽きることのない復讐である。誰も復讐を乗り越えることはできない。目の前で夫が殺され、妻が犯され、子供が連れ去られたというのに、どうして侵略者への憎しみを消すことなどできようか。

2022年2月23日まで、ホロコーストは遺跡だった。忘れてはならない人類の負の記憶であった。核兵器と並んで二度と繰り返してはならない人類の恥であった。その人類の恥は、2022年2月24日にウクライナの地で蘇ってしまった。ウクライナの人達は、自分達が過去に殺されたこと、犯されたこと、奪われたこと、連れ去られたことを繰り返させないために抵抗することを選んだ。この選択をいったい誰が止めることができようか。

ウクライナに、そして人類に残された道は一つしかない。

ロシアの侵略を全否定し、ロシアを全面降伏に追い詰め、ロシアの過去の侵略を国家の恥、民族の恥と理解させ、地球上にロシアが存在する限りロシアは二度と侵略しないと学ばせること、すなわち、ホロコーストの悲劇を二度と繰り返させないことである。ウクライナはその最前線に立たされている土地である。なぜなら、ウクライナの大地こそまさに、本書のタイトルとなった「ブラックアース」の土地なのだから。