德薙零己の読書記録

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ティモシー・スナイダー「ブラッド・ランド:ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実(上・下)」(筑摩書房)

ウクライナはなぜロシアの侵略にここまで抵抗し続けるのか。
占領と言えば昭和20年からのGHQしか知らない日本人には、占領を受け入れることがどういう意味を持つのか理解できないかもしれないが、この本にはまさに地獄としか形容できない侵略の描写が続いている。スターリンの侵略を喰らったウクライナで何が起こったか、読むのがとてもつらい。ページをめくるたびに目の当たりになる残酷さに現実逃避したくなるほどだ。スターリンの命令で「政治犯」として逮捕されウクライナ強制収容所に連行された人は、1人当たり1日1300キロカロリー相当のパンしか配給されず、少なくとも15%の人が強制収容所で餓死した。これは、ウクライナに留まった人の6倍の食糧配給のもと、6倍の確率で生き延びれたことを意味した。それと同じことが今まさに繰り広げられている。だからウクライナは抵抗するのだ。殺されないために、生き残るために、二度と地獄を蘇らせないために。

 

本書は、上巻480ページ、下巻528ページに亘って延々と書き記され続けている地獄の描写である。地獄を生み出したのは悪魔でもなければ鬼でもない、人間である。第二次大戦中、ナチス・ドイツソビエト連邦の支配地域で行われた大量殺人について書かれているのが本書である。ヨシフ・スターリンソビエト連邦アドルフ・ヒトラーナチス・ドイツが、1933年から1945年にかけて推定1400万人の非戦闘員を大量殺戮した中東欧の特定地域に結びついた政治的、文化的、イデオロギー的背景を検証している。ポーランドベラルーシウクライナエストニアラトビアリトアニアルーマニア、そして、ロシア西端、その全てが地獄と化していた。

著者の調べによると、ナチスは最低でも約1100万人の非戦闘員を意図的に殺したが、ここに強制送還、飢餓、強制収容所での刑期などによる予見可能な死を含めると、さらに数字が積み重なって1200万人以上を数える。なお、スターリン時代のソビエトでは同様の数字は約600万人と900万人であるとするのが著者の主張であるが、ここにはロシア革命という失敗が生み出したホロドモールの数字は加わっていない。その数字を加えたらさらに2000万人の死者が加わる。

「ブラッドランズ ティモシー・D・スナイダー著 "Bloodlands: Europe Between Hitler and Stalin "は、20世紀の歴史の中で最も暗く、見過ごされがちな時代のひとつを深く掘り下げた、驚異的でゾッとするような作品である。非の打ちどころがないほど研究され、示唆に富む本書でスナイダーは、ナチス・ドイツソビエト連邦に挟まれた地域で繰り広げられた苦難と荒廃を悲惨な形で描写している。

本書を際立たせているのは、ナチスソビエトの両体制の残虐性を直視するその冷徹な誠実さである。著者は、この地域の人々に加えられた恐怖を恥ずかしげもなく暴露している。大量殺戮、強制飢饉、国外追放、収容所などが、厳しいリアリズムで描かれている。本書は、二つの専制イデオロギーの類似性を強調し、その残虐行為の相互関連性を明らかにすることで、従来の歴史叙述に挑戦している。

スナイダーの叙述手法は、より大きな歴史的文脈の中に、個々の苦難と生存の物語を織り込んでいくものである。このアプローチは統計に人間味を与え、政治的イデオロギーの暴走がもたらす人間的犠牲を痛切に思い起こさせる。このような体制の戦火に巻き込まれた普通の個人の人生に焦点を当てることで、著者は読者に人権のもろさや野放図な権力の悲惨な結末について考えさせる。本書は不穏な物語であると同時に、共感、警戒、そして記憶への呼びかけでもある。スナイダーの巧みな語り口は、歴史が繰り返されるのを防ぐために、過去と向き合うよう促している。政治的過激主義と不寛容が世界の安定を脅かし続ける今日の世界において、本書で語られる体験から学ぶ教訓は力強く響く。

第二次世界大戦やヨーロッパの歴史に関心のある人なら本書は間違いなく一読の価値があるが、もう一つ、本書を読んでいただきたい方々がいる。

それは、今まさにウクライナで繰り広げられている侵略戦争に多少なりとも関心を持っている人。

ロシアの侵略を受け入れるとはどういうことか?

その答えが本書にある。