德薙零己の読書記録

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タイラー・コーエン著, 若田部昌澄解説,池村千秋訳「大停滞:経済成長の源泉は失われたのか?」(NTT出版)

「大停滞:経済成長の源泉は失われたのか?(原著名 "The Great Stagnation: How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History, Got Sick, and Will (Eventually) Feel Better")」は、経済学者タイラー・コーエンが2011年に著した著作である。

過去数十年間にわたる経済成長の停滞は科学技術の進歩が以前ほど劇的な影響を及ぼさなくなったことが一因であると主張しており、これらのトレンドがどのように社会や政策に影響を与えるか、そして我々がこれらの課題にどのように対処すべきかについてを考察しているのが本書である。

本書の主軸はアメリカであり、分析もその多くがアメリカを舞台としている。アメリカの経済成長が歴史的な技術的な高みに達し、アメリカの歴史の大部分を推進してきた要素がもはや存在しないという主張を展開しているのが本書であり、著者の言う「低い枝の果実」には、以前は未使用だった大量の自由な土地の開墾、交通、冷蔵、電気、大量通信、衛生、教育の成長などの技術的突破といった要素が1973年以降のアメリカの中央賃金の停滞に寄与したとしている。すなわち、以前の時代を特徴づけた、テクノロジーと経済成長における容易で大きな進歩は「低い枝の果実」であり、「低い枝の果実」の多くはすでに摘み取られ、克服するのがより困難な、より複雑な課題が残されているだけであるとしている。その結果が、エネルギー、教育、医療といった重要な分野におけるイノベーションの衰退と、イノベーションの衰退がもたらした閉塞感を掘り下げている。その結果、社会の進歩は、もはやかつてのように急速でも明白でもないかもしれないという主張に至り、本書のタイトル「大停滞」となってしまっているとしている。

もっとも、2011年に記された本書についての感想を2023年に生きる我々が評論するのは適切では無いかもしれない。本書刊行の2011年から12年を経た現在、2011年の暮らしから大きな変化が起こっている。その変化はCOVID-19によるものもあればロシアの侵略戦争によるものもあるが、多くは以前よりも向上した変化である。たしかに著者の言うような「低い枝の果実」は多くが摘み取られたかもしれないが、ニュートンの言葉を限れば我々は巨人の肩に乗っているのである。その意味で、タイラー・コーエン氏の主張は大袈裟に感じることもあるし、悲観に過ぎると感じることもある。

それでも本書は、進歩や成長に関する従来の概念に挑戦する、示唆に富む読み物である。現代社会と経済の複雑さについて貴重な洞察を与えてくれる一冊である。