德薙零己の読書記録

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アンガス・ディートン著,松本裕訳「大脱出:健康、お金、格差の起原」(みすず書房)

「大脱出:健康、お金、格差の起原(原著名 "The Great Escape: Health, Wealth, and the Origins of Inequality")」は2013年に出版された、経済発展と貧困の関係について深く掘り下げた一冊である。

著者のアンガス・ディートン氏は「消費、貧困、福祉」に関する分析が評価されて2015年のノーベル経済学賞が授与されたことでも有名であり、率直なことを書くと私も2015年のノーベル経済学賞を契機として本書を手に取り、そして圧倒された。

本書を簡単にまとめると、歴史の経過とともに人類はより豊かになり、より健康になり、平均寿命が延びている一方、貧困から脱出、すなわち本書の書名である「大脱出(The Great Escape)」を果たせずにいる人がたくさんいることの証明である。今から10年前に話題になったトマ・ピケティの21世紀の資本の影響も受けている、あるいはピケティの研究をさらに発展させて本書を書き記している。

格差問題は金銭だけの問題ではない。そもそも金銭でどうこうできる構図が存在していないことが頻繁に見られる。旧社会主義国に暮らしていた人にとって、社会主義が失敗であったという現実を受け入れることは、社会主義を捨てることで手にできるようになった豊かさで補完できるものではなく、多大なストレスを伴うものとなっている。近年でも、北朝鮮から脱北した人が、脱北によって手にできるようになった豊かさの影で、それまでの自分を全否定しなければならないこと、豊かさを手にできたとしても自分がこれから先どのように生きていかなければならないのかわからないでいることといった問題が存在している。

その上で、見逃すことができない豊かさの指標として、金銭的な豊かさだけでなく自分の住む地域で安全に暮らせることの大切さを述べている。特に家族とともに生活することが生み出す豊かさを述べている。ここに私は苦しさを感じてしまう。この年齢でも独身の私は間違いなく格差の負け組であり、「大脱出(The Great Escape)」を果たせずにいる……