德薙零己の読書記録

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後藤文康著「誤報:新聞報道の死角」(岩波新書)

 

2023年8月2日に名古屋市のCSアセット港サッカー場で発生した浦和レッズサポーターの件で、誤報による騒動が起こっている。

本格スポーツ議論ニュースサイト「RONSPO」によると、浦和レッズサポーターの起こした暴力行為を浦和レッズの本部長が否定していたとある。

www.ronspo.com


これが騒動になっている。

しかし、8月5日のオンライン取材のどこを調べても浦和レッズの社長ならびに関係者が暴力を否定した言説など無い。たしかにオンライン取材の文字起こしには暴力行為はなかったとするのかという言説が出ているが、これは浦和レッズから発せられた言葉ではなく取材した記者の発した言葉である。同日の浦和レッズからの発表は、8月5日時点で確定できる情報として、JFA日本サッカー協会)、Jリーグ、愛知県サッカー協会、名古屋グランパス浦和レッズ、そして両クラブサポーターの代表者の間で行われた事実確認に基づく発表であり、暴力があったことを否定してはいないのである。

www.urawa-reds.co.jp

しかし、歴然と存在していた暴力を浦和の関係者が揉み消そうとしているという言説が流布してしまった。その中でもかなり厳しい論陣を張っているのがRONSPOである。あまりに厳しい論陣を張っているために、実在しない出来事を捏造して記事としている。

 

こうした誤報は今に始まったことではない。SNSをはじめとするネットのおかげで誤報を正す環境がある現在の方がマシかもしれない。

ネットの無い時代、一度誤報の被害を浴びると、そう簡単に失われた名誉や権利を取り戻すことなどできなかった。その実情を余すことなく伝えているのが本書、「誤報:新聞報道の死角」である。

1996年刊行というところからある程度想像できると思うが、松本サリン事件の誤報問題を大々的に取り上げるところから本書は始まっている。いかにして松本サリン事件の誤報が生まれ、地下鉄サリン事件があってはじめて松本サリン事件の誤報の訂正が始まったこと、それでも誤報の訂正は遅々として進まず、本書刊行時点でもなお誤報の訂正をしていないところがあることを糾弾している。

と同時に、このようなことも述べている。果たして地下鉄サリン事件が無かったら、松本サリン事件の誤報を正すことがあっただろうか、と。

Z(旧Twitter)は、コミュニティノートとして誤報を訂正する機能をリリースしているが、それでも誤報の根絶とはほど遠いとするしか無い。

対応策としては、誤報は起こるものとして受け入れ、その上で誤報を正すガバナンスを構築することであろう。もっとも、意図的に誤報を繰り返す者にガバナンスは期待できないが……