德薙零己の読書記録

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エイドリアン・レイン著,高橋洋訳「暴力の解剖学:神経犯罪学への招待」(紀伊國屋書店)

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

人はなぜ暴力に走るのか?

本書「暴力の解剖学」は、上記の命題に対し、「暴力的な人だから」とか「殴られるようなことをしたから」といった単純な答えなど示していない。人間の攻撃性の泥沼を探る、魅惑的で論争の的となる探求書である。何しろ、生物学、環境、暴力行動の間の魅惑的で複雑な相互作用を掘り下げ、自由意志、犯罪責任、そして人間であることの意味について深く抱かれている信念について、邦訳版653ページという分量で挑戦しているのだ。

本書の著者であるエイドリアン・レインは心理学者であり、現在はペンシルベニア大学にて、犯罪学、精神医学、心理学の教授を務めている人物である。30年以上に亘って暴力の生物学的基盤を調査し、神経科学の知見を用いて犯罪の原因と解決手段を研究する、「神経犯罪学(Neurocriminology)」と呼ばれる分野を確立した人物であると同時に、殺人犯の裁判に弁護団として参加し、脳のスキャン画像を法廷に提出するなどの活動もしている人物である。

本書はそうした活動の成果をまとめた一冊である。

脳をCTやMRIにてスキャンし、遺伝子マーカーを分析し、暴力犯罪者の心理的プロフィールを掘り下げ、ある種の生物学的素因がいかに攻撃性のリスクを高めるかという不穏な肖像を描き、前頭前野の構造異常からセロトニンのような神経伝達物質のレベルの低さといった要素まで導き出して、著者は、暴力が意識的な選択であるのと同様に、生物学の産物である場合もあると主張する。

同時に、著者は生物学的決定論の罠に陥らないように注意している。暴力的な行動を形成する上で、環境要因が重要な役割を果たすことを容易に認めている。幼少期のトラウマや虐待、社会経済的な困窮といった自身を取り巻く環境や受けてきた境遇により、まさに生物学的要素が先天的のみではなく後天的も併存していることを強調している。遺伝的素因が環境的誘因と相互作用して、リスクと回復力の複雑なタペストリーを生み出すという、微妙なモデルを提示している。

暴力の生物学的な根源を探る本書は、倫理的、社会的に深遠な問題を提起している。暴力が部分的に生物学に起因するとすれば、個人の罪責は軽減されるのか? これらの知見を踏まえて、刑事司法にどのようにアプローチすべきなのか? また、早期介入や予防戦略にはどのような意味があるのだろうか? 著者は本書において、これらの困難な道から逃げることなく、読者に彼の研究が暴露した不快な真実と格闘するよう促している。

本書は暴力という視点を軸に置いて著した一冊であるが、人間性の暗黒面を理解することに興味を持つ全ての人にとって、画期的で不可欠な読み物であることに変わりはない。暴力についての先入観に挑戦し、生物学、環境、そしてそれらが複雑に絡み合う不快な現実に直面させる。レインの結論に同意するしないにかかわらず、彼の本は活発な議論を巻き起こし、心に残る印象を残すことであろう。