德薙零己の読書記録

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ターリ・シャーロット著「事実はなぜ人の意見を変えられないのか:説得力と影響力の科学」(白揚社)

失敗や失態を責めている人が実は同じ失敗や失態をしているのを「ブーメラン」と評すことがあるが、「ブーメラン効果」の意味するところはそうでない。
事実をいかに調べても自らの意見と反する場合、事実を受け入れて自らの意見を変えるのではなく、自らの意見に適合する新たな事実を探しだし、考え出す。
重ねれば重ねるほど、より頑なに自らの意見を強める。
それが「ブーメラン効果」である。

 

本書は、認知神経科学者である著者が、人はいかにして他者に影響を与え、他者から影響を受けているのかを、研究成果や事例をもとに分かりやすく解説した一冊である。

多くの人は、他者の考えが間違いであることを指摘するときに、それが事実とどのように反するか、現実はどうなっているのかといった客観的な情報を用いて他者に考えを改めさせようとする。

しかし、本書によればそれは全くの逆効果なのだ。無視されるか反発を生み出すかのどちらかで、考えを改めるなどということなど無いというのが本書の主張だ。

本書はその事例を余すことなく記している。その上でこのように結論づける。客観的な事実や数字は他人の考えを変える武器にはならない、と。人は自分の信念や感情に基づいて情報を選択し、解釈し、記憶するため、事実に反する情報に対しては無視したり、歪めたり、忘れたりする傾向がある。

では、どうすれば他人の意見を変えることができるの?

本書では、以下のような方法を紹介している。

・共通のメリットを特定する。
相手が自分にとって有益だと感じることに焦点を当てることで、相手の関心や動機づけを高めることができる。

・感情に訴える。
感情は人の注意や記憶に強く影響し、脳内で同期を生み出す力があります。力強い物語や映像などで感情を刺激することで、相手に印象付けることができる。

・快楽で動かし、恐怖で凍りつかせる。
人は快楽を求めて行動し、恐怖を避けようとします。しかし、恐怖は自分でコントロールできないものに対して強く感じるため、恐怖を使って説得する場合は、具体的な解決策や行動指針も提示する必要がある。

・知識のギャップを埋める。
人は知らないことや不確かなことに対して好奇心を持つ。知識のギャップを示すことで、相手の興味を引き出し、新しい情報を受け入れやすくすることができる。

本書は、教室や会議室といったリアルな場所からネット上のSNSまで、私たちが日常的に繰り広げられている他者への影響力について、科学的な根拠と具体的な例を交えてわかりやすく説明している。自分自身の思考や行動についても気づきや反省が生まれる一方で、他人を説得しようとする際に役立つ技法も学ぶことができ、誰もが持つ「人の動かし方」への関心に応える一冊である。