德薙零己の読書記録

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トマ・ピケティ著,村井章子訳「自然、文化、そして不平等:国際比較と歴史の視点から」(文藝春秋)

格差問題を突き詰めていくと不平等の存在に行き着く。

そんなことは誰もが当たり前のことと考えるであろうが、不平等というのは何とも難しい話である。よく言われる「上位1%が国の個人資産のn%を保有している」というのはわかりやすい不平等の形態であるが、いっそのこと、このようなごく少数の裕福な人が莫大な資産を独占し、残る99%が苦しんでいるというのならば図式としては簡単となる。

ところが、現実はそのように甘くはない。本書で著者は斬新なポイントに目を向けている。上位1%ではなく下位50%だ。下位50%がその国の個人資産の何%を保有しているかを調べたとき、さすがに下位50%が個人資産の50%を保有しているなどということはないが、10%~25%を保有しているというケースがわりとみられる。

するとどうなるか?

一部の人に集中する環境ではなく中間層の存在がでてくるのだ。格差があり、裕福な人と貧しい人との間には歴然とした差が存在するが、中間層が厚くなると、格差は乗り越えることが可能となるのである。法制によって社会を平等とさせるのではなく、努力の結果でどうにかなる可能性がある環境を用意する。これは面白い結果を生む。

格差はある。しかし、格差は縮小する。そして、全体的な経済発展も見込めるのだ。この状態が続けば社会全体の豊かさが増し、貧しい人の割合も減り、貧しさも改善される。ただし、そのための負担は大きい。具体的には国家財政からの教育費支出が大きくなる。負担を国や地方自治体が引き受けない場合は家庭や個人の負担が重くなる。

さらにもっと大きなこととして、かつては教育を受けた人の絶対数が少なく、教育を受けて学歴を獲得することが社会におけるエリートになることを意味し、エリートとなれば格差を乗り越えて裕福な暮らしを手に入れることを意味した。ところが、教育を受けた人の絶対数が増えると、少し前の世代の人と同じ学歴を獲得したのに少し前の世代の人が得たような社会的地位を獲得できなくなる。その結果、中間層が減り、格差の勝者は勝者を再生産しようとし、格差の敗者は格差を乗り越えることができなくなる。著者の有名な著作で示された r > g の世界が誕生してしまう。その行き着く先が1%の裕福さの独占である。

本作は主として現在、古くても19世紀以降の経済を説いている。しかし、著者の述べた流れそのものは人類の歴史上何度も繰り返されてきたことである。私のライフワークとなっている平安時代叢書でも、平安時代の庶民生活の向上と停滞と低下という流れを否応なく目にできるし、古代ローマの1000年間の歴史を振り返ってもやはり同じ光景が飛び込んでくる。

最後に本書の特徴について記すと、21世紀の資本の著者の著作にしては短く、また、一つ一つの章立ても数ページにまとめているために、通勤電車の途中で読むのにかなり向いているであろう。それでいてピケティの著作を読んだ方にとっては取っつきやすい内容になっている。

 

追伸

本書はおそらく、「21世紀の資本」から、8月に刊行される「資本とイデオロギー」との間を結ぶピケティの思考の推移を把握するための格好の一冊となるであろう。