德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

ジョン・スチュアート・ミル「代議制統治論」(関口正司訳)(岩波書店)

現代の日本に住む日本人にとっては、選挙によって議員を選び、あるいは都道府県知事や市区町村長を選ぶことを当たり前と考えている。現在の政治に問題があると考えたとき、クーデターや革命ではなく、選挙によって政権を変更させることを当たり前と考えている。

ジョン・スチュアート・ミルの代議制統治論に記されているのは、現在に活きる日本人の多くが当たり前と考えている政治体制である。

しかし、ここには忘れてはならない点がある。

本書の原著である "Considerations on Representative Government"の初版は1861年、日本の元号にすると文久元年、徳川幕府14代将軍徳川家茂の時代なのだ。本書には「つい最近の出来事」として1860年アメリカ大統領選挙リンカーンが当選したことが書いていることからも創造できるとおり、原著の刊行は1861年元号で言うと万延二年、2月19日の改元文久元年に記された書籍なのだ。

本書の170ページ目でようやく女性の参政権についての記述があり、ここではじめて「ひょっとして、男性しか選挙権が無いって前提で書いていたのか」と思い至ってこれまでの169ページの読み返すのが本書を読む人の陥る定例パターンであるが、それも文久元年の著作であることを考えると、その時代に女性の参政権を書き記すことだけでも画期的なことであったとするしかない。

現在では、本書を政治哲学の古典的な著作の一つとして高く評価することが多い。そして、その評価は正しい。ミルは本書で、民主主義の基本原則として代議制を提案し、その理論的な根拠と実践的な側面を論じている。

まず、個人の自由と意思決定への参加を重視している。「専制の独裁者」や「多数の専制者」による政治支配を批判し、自由な意見の交換と合意形成を通じて政治的決定を行うことの重要性を主張していることは代議制は、市民が選んだ代表者を通じて政治的な意思決定に参加する仕組みであり、市民の意見や利益を反映するものであるとミルは論じている。

もっとも完全無欠であると記しているわけでもない、ミルは代議制の利点だけではなく限界を明確に示しているのだ。代議制は、広範な参加と議論の時間と労力を要求せずに政治的な決定を行うことができるという利点を持ち、また、専門知識を持つ代表者が政策立案や意思決定を行うことを可能にすることで、合理的かつ効率的な政府運営を促進すると主張している。しかし、ミル同時に、代表者が自己利益や特定の利益集団を優先する可能性や、市民の意見が代表者によって歪められる可能性があることを代議制の欠点として指摘いるのである。

本書が人類の政治学民主化に強く貢献した点として、ミルが政治的な多様性と自由な意見の交換を重視している点が挙げられる。異なる意見や主張が公共の議論の中で競い合うことによって、真理や理性的な政策の発見と進歩が生まれるというのがミルの主張である。この視点は、民主主義の基盤として重要な役割を果たしており、現代の政治哲学や政治理論においても本書から引用されることがあるほどだ。

現在に生きる我々は、本書を古典的名著として読むことが多い。読んでいる間、読者は19世紀半ばの人間の一人として本書に接するであろう。だが、21世紀に生きる我々が現代社会の代議制システムを捉えるという視点で本書に目を通すと、また違った知見が得られるはずである。