德薙零己の読書記録

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おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

大竹文雄、平井啓著「医療現場の行動経済学:すれ違う医者と患者」(東洋経済新報社)

日本国において、子宮頸癌ワクチンがどのような運命を辿ったのかは多くの人の知るところであろう。
ではなぜ、子宮頸癌ワクチンの危険性を訴える声が大きく広まり、そして接種が激減する事態になったのか?

それは、悪意でも善意でもなく、何も考えていないだけである。
それで人命に関係する話になっているのに絶対に謝らないし、子宮頸癌ワクチンさえしておけば狂わされなかった人生を、センセーショナルな記事で狂わせたことの責任なんか絶対にとらない。嘘八百を並べ立て医療をぶち壊した加害者であるという認識もないし、そもそも自分に責任があるという認識すらない。

 

本書は、医者と患者の間にある意思決定のギャップを、行動経済学の視点から分析して、より適切な意思決定支援の方法を示す目的の一冊である。

行動経済学とは、人間の意思決定には合理的でない傾向やバイアスが存在するという前提に立つ経済学の一分野であり、この本では、診療現場での会話例をもとに、患者やその家族、医療者がどのようなバイアスに影響されているかを具体的に説明している。冒頭に述べた子宮頸癌ワクチンはその一例である。

本書ではその他にも、ガン治療での意思決定支援について考察している。ガン治療では、患者や家族は多くの不確実性や不安に直面し、治療方針を決めることが困難な場合が存在する。私事であるが、私も母が大腸ガンを患った経験を持っている。

本書では、患者や家族が陥りやすいバイアスとして、

・確証バイアス:自分の信じたい情報だけを受け入れる傾向)

・沈没費用効果:これまで投資したものに引きずられる傾向

フレーミング効果:情報の提示方法によって判断が変わる傾向

などを挙げ、そして、これらのバイアスを軽減するために、「シェアード・ディシジョン・メーキング」(医療者と患者が対等な関係で意思決定する方法)や、「オプショングリッド」(治療選択肢を比較する表)などのツールを紹介している。

本書は、医療現場で働く人や医療サービスを受ける人にとって有益な知識やヒントを提供すると同時に、患者の立場での意思表示や意思決定にも大きく有用になる一冊となるはずである。