德薙零己の読書記録

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大江志乃夫著「徴兵制」(岩波新書)

徴兵制を突き詰めると、「軍人になりたいという人だけでは軍人が足りないから、軍人

になりたいとかなりたくないとか意思は無視して、強制的に軍人にさせること」である。そういえば「徴兵制ならぬ徴介護制」などという言説が飛び交うことがあるが、これも、人手が足りないから本人の意思を無視してむりやりさせることである。

強制的に軍人をやらせるのは反発を生む。そこで明治時代以降の日本では軍人になることのメリットをあれこれ考え出そうとし、ときには成功していた。第二次大戦でこそ日本軍の食糧事情は劣悪な者となったが、それまでの日本軍は白米食を保証していた。三色白い御飯を食べることができるというだけでも貧しい暮らしを過ごしている者にとっては夢物語であり、衣食住が保証されている環境なのだから実家の暮らしよりも楽なものだと考える人もいたのは事実である。

しかし、それは一部の人の考えであり、多くの人にとってはどうにかして避けるもの、避けることができれば一生無縁であり続けたいものというのが、徴兵制に対する認識であった。それは、徴兵制が始まってから毎年のようにベストセラーになっていた本の内容からも推し量ることができる。

書名は毎年のように変わるし、内容も毎年アップデートされているが、中に書いてあることの目的は全て同じである。

すなわち、どうすれば徴兵されずに済むか、どうせ徴兵されるならどうすれば軽くできるかである。

本書からその例をいくつかピックアップしてみる。

 

【戦前日本の徴兵軽減方法 その1】

中等学校以上の卒業者は一年志願兵に申し込める。通常は3年間の徴兵期間であるが、一年志願兵は1年間の徴兵期間で済む。ただし、兵役期間を終えたあとで迎える終末試験に合格すると将校となることを受け入れなければならない。

そこで、終末試験に挑んで将校になると宣言して一年志願兵に申し込み、1年間の兵役期間を終えて挑む終末試験にわざと落ちると、そこで兵役期間満了となり、あとは予備役編入となる。つまり、兵役期間を1年間に減らすことができる。

 

【戦前日本の徴兵軽減方法 その2】

師範学校を卒業して官公立小学校の教員として勤務すると、徴兵期間はわずか6週間で済む。さらに、兵役期間は兵営内で一般兵と別室が与えられ、食事も被服も上等の物が支給された。

これは教員不足を訴えた当時の文部省と、軍隊内は素晴らしいところだと教師から教え子に宣伝してもらうことを求めた当時の軍部の妥協の結果であったが、あまりにも例外的な特権だとの反発があり、大正7(1918)年に6週間から1年間に延長となった。

 

こうした徴兵軽減方法は徴兵軽減の恩恵にあずかることが許されない人達から猛反発を浴び、昭和になると徴兵軽減方法は閉ざされ、徴兵検査で軍人になるのに相応しくないと判定されることへの期待から、このような方法が残った。

・醤油を飲む。

・絶食による体重を減らす。

・卵黄を外耳道に注入して化膿性中耳炎を装う。

・角膜に魚鱗を貼って角膜翳を発生させる。

・高度の凹面鏡を長時間使用して仮性近視にする。

・肛門に毒草を塗って糜爛させる。

・指を切断する。

いずれも無茶な方法である。徴兵されないか、されたとしても軽微な徴兵期間で済むというものであるが、中には残りの人生に多大な支障を与えるものまである。

さて、現在の我が国は幸いにしてこうした問題と無縁でいられているが、これもいつまで続くか不安に感じるところはある。特に注意していただきたいのは、現時点でしきりに戦争反対や平和主義を訴え、多様性を尊重し、言論の自由を守れと言っている勢力である。彼らが権力を握ったとき、待っているのは訴えとは真逆のこの時代への逆行なのであるから。