德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

ミランダ・フリッカー著「認識的不正義:権力は知ることの倫理にどのようにかかわるのか」(勁草書房)

黒人であることで警官から疑われる場合のように、聞き手の偏見のせいで話し手が過度に低い信用性しか受け取れない。明らかに許されないことであるが、現実に存在することでもある。

倫理を高めて許されざることを認識し、許されざることを糾弾するのは多くの人がすることである。だが、どうしてそのような偏見が生まれ信用性を高めることができないという事情が生まれるのか?

また、セクハラの概念が存在しない時代にそれに苦しんだ人に手を差し伸べようとする人は多いが、たとえば被害者が男性である場合などは満足な支援を受けることができないどころか、そもそも嘲笑の対象にすらなりうる。現在はこれを問題として認識する人が現れ始めてきたという段階であり、問題として認識され共有され被害者が救済される構造が誕生するのはもう少し時間が掛かるであろう。

この二点の問題について、作者は「証言的不正義」と「解釈的不正義」という二種類の認識的不正義を区別し、それぞれに対応する徳の概念を提案している。証言的不正義とは、話し手の信用性が聞き手の偏見によって過小評価される不正義であり、解釈的不正義とは、話し手の経験が社会的な解釈資源の欠如によって理解不能にされる不正義である。

作者はこれらの不正義を是正するために、証言の徳と解釈の徳という道徳と認識の組み合わさった徳を提唱する。証言の徳とは、話し手の信用性を公平に評価する能力と態度を持つ徳であり、解釈の徳とは、話し手の経験を可能な限り理解しようとする能力と態度を持つ徳を示す。

作者はこの書籍の中で、認識的不正義が個人的な道徳的落胆だけでなく、社会的な知識生産や伝達にも悪影響を及ぼすことを示し、知ることの倫理がどのように社会正義に関わるかを問い直している。

この本は、認識論や倫理学だけでなく、社会学政治学など他分野を学ぶにあたっても有用な書籍となるであろう。