德薙零己の読書記録

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おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

中野剛志著「どうする財源:貨幣論で読み解く税と財政の仕組み(祥伝社新書)」

 

貨幣の誕生についての伝説がある。曰く、人類は当初、物々交換でやりとりをしていた。それが時代とともに、金などの信用おける財貨や穀物を仲介する交換をするようになり、多くの人が価値を見いだす物体、すなわち貨幣を生み出したという伝説である。

人口に膾炙されることの多いこの伝説であるが、実は大きな欠陥がある。

どこにもそのような証拠がないのだ。

 

平安時代の始まりは皇朝十二銭と総称される貨幣が存在して貨幣経済が存在していたが、時代とともに貨幣経済は衰退し、天徳二年、西暦に直すと958年に発行開始となった乾元大宝を最後に律令制に基づく貨幣経済は終わりを迎えた。平安時代末期の平家政権で宋銭の流入があってようやく日本国に貨幣経済が復活したが、日本国は最低でも200年間に亘って貨幣の存在しない経済を体験していたのだ。

それで困らなかったのか?

結論から言うと困らなかった。経済が小さくなったわけではなく、むしろ経済は拡大していたのに、貨幣無しでどうにかなっていたのである。筆者は「平安時代を全部書く」という野望のもと、平安時代叢書と題して歴史小説を書いているが、その上で記すと、貨幣として主として用いられたのは、コメをはじめとする穀物、絹をはじめとする布地、黄金をはじめとする貴金属、そして、土地の権利である。モノとモノとを直接交換するのではなく何かしらの信頼が介在してのやりとりがあったことは確認できるが、物々交換は確認できないのだ。

 

そもそも貨幣とは何なのかという根源的な問いはしてみたほうがいい。そうでなければ、現代日本が抱える経済問題の解決とはならない。本書の作者の主張に同意するにしろ、批判するにしろ、その前に貨幣とは何であるかを考える必要は、どうしても、ある。