男「キミのために特別なプレゼントを用意したよ」
女「嬉しい。なんだろう」
男「ほら、キミの島だ。マゼラン海峡にあるんだよ」
女「まあ、素敵♡」
という経緯で、地図作りをしている画家が実在しない島を地図に描き、実在しない島を探す探検家が数多く現れたこともあったとか。
むかしから地図に存在していた島なのに、その島が実在しないと証明されたのが2012年になってから、つまり、グーグルマップがこの世に登場して7年を経てからということもあったとか。
実は、人類の歴史における地図というのは、正確であるかどうかではなく、便利であるかどうかが求められてきた。自分の居場所と目的地までの経由がわからなければ地図としての役を果たさない一方、役を果たしたならば余剰なスペースは装飾の場と化した。特に、どうあろうとたどり着けない場所に妄想で生み出した島があっても、あるいは、遭難を覚悟するまでの苦難な航海に巻き込まれた船乗りが生み出した幻想であっても、それはそれで地図としての役を果たした。何しろ、島があろうとなかろうと関係ないのだ。
地図を作ったときは。
作られた地図を後の人が別の要件で利用しようとしたとき、想像で、あるいは妄想で地図に描かれた島は、目的地となったとき、あるいは航海における目印となったとき、その地図自体が地図の利用者にとって役立たない地図となる。
本書には、実在しない島、実在しない地名が数多く登場する。
妄想の生み出した産物であることも、願望が生み出した結果であることもある。
ちなみに、北海道の近くにあるとされる未知の島も本書に記載されている。実在したら北方領土問題はもっと混迷していたであろう。