德薙零己の読書記録

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繁田信一著「『源氏物語』のリアル:紫式部を取り巻く貴族たちの実像」(PHP新書)

『源氏物語』のリアル 紫式部を取り巻く貴族たちの実像 (PHP新書)

源氏物語は現在でこそ古典であるが、今から1000年前は時代の最先端を取り入れた小説であり、読者にとっても源氏物語に描かれている世界は身近な世界であった。源氏物語のリアルタイムの読者にとっては身近な出来事が作品の中で展開されており、紫式部が詳しく書かなくても理解できることが作品の中で繰り広げられていた。

それでいて、源氏物語は同時代を扱った小説ではなく紫式部からおよそ100年前、中国には唐があり、日本海の北西には渤海国があった頃の話である。作品の中に高麗人が登場するが、そこでいう高麗人とは朝鮮半島統一国家である高麗でなく、高句麗の継承国家である渤海国である。

もっとも、そうした100年前の世界を描いた作品であるという前提のうえで、源氏物語の同時代の出来事もふんだんに取り込まれている。源氏物語の登場人物に似ている人物は宮中にいる人であれば思い当たるし、源氏物語に出てくる事件についても同時代の人にとっては容易に想像できる出来事であった。無論、一字一句同じというわけではなく、実際に体験したわけではないにしても容易に理解できる出来事である。

それが、時代を経ることで同時代の人でもわからない作品へと昇華していった。名作であるための古典へと昇華し、作品そのものの素晴らしさが源氏物語をして日本文学史における一代指標となった。現在でも高校の古典の教科書に源氏物語は古典の名作として掲載され、古典の学問として源氏物語を学ぶ。そこには源氏物語の本来持つ面白さとのギャップがある。

本書はそのギャップを埋める好書である。