德薙零己の読書記録

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八條忠基著「詳解『源氏物語』文物図典」(平凡社)

詳解『源氏物語』文物図典

ヤベェ本の著者の送り出したヤベェ本である。

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本書は源氏物語全五十四帖を一帖ずつ解説する書籍であり、今年の大河ドラマの影響もあって源氏物語紫式部藤原道長の時代について解説する書籍が数多く刊行されている中にあって本書は白眉である。

そもそも本書は源氏物語の解説書ではない。いや、解説書ではあるのだが、源氏物語の世界の衣服やその素材、文様、日用品、文化、習俗に関する解説書である。もし源氏物語の原著や現代語訳書を読むならば、ぜひともこの一冊を横に置いておくことを薦めておく。

何しろ各帖ごとに登場する食べ物や衣服がどのようなものであったのかをわかりやすく解説しているのだ。たとえば第九帖「葵」に登場する亥子餅は実物を載せている。文章やイラストだけではイメージしづらい当時の食べ物やその食べ物の持つ意味を解説している。

 

第二十三帖「初音」においては類聚雑要抄を用いることで光源氏の正月を再現している。類聚雑要抄を用いてのこの時代の再現は多くの書籍が選んでいる方法であるが、八條忠基の視点は平凡なものではない。有職故実のこれ以上ない実現を果たしている。

 

さらに現在の文系研究者に課せられている時代の要請であるデジタル・ヒューマニティーズに率先して取り組んでいる。本書に採用されている図版のほとんどがデジタルアーカイブされている図版の収録であり、かつてであればその図版が存在するのが度の博物館や図書館であることを明記することはできても図版そのものは明記できなかったであろう図版が、本書では令和の現在だからこそ可能となっている技術を駆使して本書のいたるところにちりばめられている。本書に掲載されている図版をより深く知りたければ本書図版のキャプションをもとに当該アーカイブにアクセスすれば、自宅にいながらにしてたどりつけるようになっている。

これは本書の著者の力量なのか、それとも本書を刊行した平凡社の力量なのか、現在の日本でデジタルヒューマニティーズの最先端が本書に存在している。今年の大河ドラマを機に刊行された書籍の中の白眉たる所以は、丁寧さだけでなく最新技術の利用という点にもある。

 

なお、この世のありとあらゆる源氏物語研究者が断念している、第四十一帖「雲隠」については本書も断念せざるを得ない。これは未来永劫断念し続けるか、未来に託すかのどちらかしか選べないことである。