德薙零己の読書記録

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内田宗治著「関東大震災と鉄道:「今」へと続く記憶をたどる」(ちくま文庫)

関東大震災と鉄道 ――「今」へと続く記憶をたどる (ちくま文庫)

関東地方に住む者ならば、大正12(1923)年9月1日の関東大震災を必ず教わる。必ず伝え聞く。必ず語り継ぐ。関東大震災でどのような被害を受けたか、どれだけの命が失われたか、どれだけの混迷を迎えたか必ず知っている。しかし、それらのどれもが、関東大震災全体の被害と、現時点で住んでいるところの被害という局所的な話に収束され、ピンポイントに絞った状態で、かつ、全容的な伝達とはなっていない。

本書は、鉄道という軸で、関東大震災がどれだけの被害を生み出したか、どれだけの混迷に直面したかを書き記した一冊である。すなわち、鉄道が大きな損害を受けたこと、鉄道利用中に被災した人達のことや鉄道駅に避難してきた人達が火災に直面したこと、避難所となった駅付近で苦労したしたことは伝え聞くことの多い話であるが、鉄道が震災とその後の火災で大きな損害を受けてしまったために、震災から避難しようとする人達を満足いく形で避難させることができなかったという現実についてはあまり取り上げられてこなかったのが現実だ。

本書は、鉄道が関東大震災どれだけ損害を受けたかだけでなく、鉄道が復旧せぬ状態でいかにして被災者の避難を実現させてきたかも描いた一冊である。被災者が被災地から離れようとする一方で、被災者を助け出そうと被災地に押し寄せる人もいる。その足となる鉄道はまともに機能しない。その状況下でいかにして人を運び、物資を運んだか。今から100年前に多くの人が苦労した様子が描かれている。

この本はぜひとも、鉄道をはじめとするインフラを「無駄な公共事業」「税金の無駄遣い」と批判する人に読んでいただきたい一冊である。その人が仮に平均的な知性がある人ならば、今までの批判の全てが間違いであり、許されざる人命軽視の暴論であったと自覚し、過去の自らを猛省するはずである。