德薙零己の読書記録

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加藤義彦著「発掘テレビ秘話・昭和編」(論創社)

発掘テレビ秘話 昭和編

かつて、テレビは娯楽の王様だった。夜7時には一家揃って一家一台のテレビの前に座り、家族揃って同じ番組を観ていた。本書はその時代のテレビ番組、テレビ番組の制作者、そして、そうしたテレビ番組に出演していたタレント達の足跡を追いかけた一冊であるが、同様のタイプの書籍とは一線を画している。

どういうことか?

著者が過去にそれぞれの番組、番組スタッフ、出演タレントについて書き記して発表した原稿をまとめた書籍なのである。つまり、過去に8時だョ全員集合やオレたちひょうきん族といったバラエティ番組、池中玄大80キロや3年B組金八先生といったドラマ番組、ルパン三世アルプスの少女ハイジといったアニメ番組、佐々木守久世光彦といった番組スタッフ、樹木希林萩本欽一といったタレントについて発表してきたエッセイをまとめたのが本書である。すなわち、2023年の刊行時点から昭和のテレビを振り返るのではなく、原稿を書き記した時点の視点から番組を、番組スタッフを、タレントを振り返る書籍になっている。

そのため読者は、二重のタイムトリップが求められる。

そのテレビ番組の、番組スタッフの、出演タレントの時代へのタイムトリップと、原稿を書き記したタイミングへのタイムトリップの二度である。

まずはこの、二度のタイムトリップの概念を覚えていただきたい。

歴史学には、同時代史料と二次史料という概念がある。全ての歴史書は二次史料とならざるを得なくなる宿命を有している。なぜなら、後世から過去を振り返って歴史的出来事を振り返る以外の描き方が存在しないからである。そのため、歴史研究者が歴史書をもとに歴史を研究するときは、歴史書の内容だけでなく歴史書を記したのが誰でいつ頃に成立した歴史書なのかも知らなければ話にならない。

これに多くの人は戸惑う。どうして歴史研究者が歴史資料そのものだけでなく歴史資料の背景まで求めるのか。

その説明は難しいが、本書はその説明を簡単にしてくれる。多くの人にとって入りやすい入口を用意して、二度のタイムスリップを前提とした記事をまとめてくれている。ゆえに読者は二度のタイムトリップの概念を意識することなく、二度のタイムトリップを本書で実現させることとなる。

単にむかしのバラエティは凄かったとか、むかしのドラマはハチャメチャだったとかの感想だけでなく、筆者が原稿を書き記した時代の情景の時点で過去のテレビ番組を遡るからこそ描き出されることとなる番組の解説、スタッフの苦労の描写、タレントの苦悩を、本書は一冊にまとめてくれている。