德薙零己の読書記録

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安野眞幸著「日本中世市場論:制度の歴史分析」(名古屋大学出版会)

日本中世市場論―制度の歴史分析―

三権分立は小学校の社会科で習う。現代日本三権分立は立法が行政の上に乗る形で立法府と行政府が強く結びついている一方で、司法権が残る二権と少し距離を置いた構造になっている。これは議院内閣制を選んだ民主主義国でごく当たり前の構造であり、日本国の民主主義の構造は世界的に見て珍しいものではない。

そこで一つ思考実験をしてみる。立法府ではなく司法府が行政府の上に立つ仕組みの三権分立が存在したらどうなるか? 何を言っているかわからないと思うであろうが、民主主義という一点を外すと、日本国は司法府が行政府の上に立つ仕組みを800年近い長さの歴史で体験している。

幕府がそれだ。

鎌倉幕府、さらにはその前の平家政権の誕生を考えたとき、どのような理由で権力を握り、どのように権力を行使してきたかと突き詰めると、当時の司法権の一部であった武士勢力が行政権に介入したという構造である。これだけを書くと軍事クーデタではないかと考えるであろうし、その考えはあながち間違っていないのだが、経済という一点で考えると、即応性という点であながち誤った判断では無かったと言える。少なくとも結果で判断する限りでは、最良ではないにせよ、改善していたと言える。

その改善の根拠となるのが本書である。

無人島で一人暮らしをしているのでない限り、人は他者と共に生きなければならない。他者と共に生きるのが共同体であり、単一ないしは複数の共同体の経済活動における日常が市場(しじょう)であり、非日常を包含しているのが市場(いちば)である。市場は一人でどうにもならないことを解決する手段であり、他者との介在であり、そこには発展と同時に問題も内包している。司法という存在を突き詰めると共同体の治安安定と正常化、そして市場のコントロールという役割があり、立法府と行政府が結びついている社会はコントロールを強固なものとする反面、即断性に欠ける。一方、司法府と行政府が結びついた場合、コントロールは必ずしも最良とはならないものの即断性は群を抜いている。

日本国は800年間に亘って即断性を選んできた。その結果、日本国の経済はどのようになったか?

その答えは本書にある。

 

 

    【目 次】
  • 凡 例
  • 第Ⅰ部 市場の機能 —— 公界再考
    • 第1章 市場は裁判の場である
      1. 市場には監督官がいる
      2. 裁判官の登場
      3. 雑務沙汰とその研究史
      4. 網野善彦の市場論
    • 第2章 市場は裏切りの場である
      1. 「売る」の言語分析
      2. 市場の暴力支配
      3. 商人と武装
    • 第3章 市場は支払いの場である
      1. 市場在家での支払い
      2. 『庭訓往来』四月返状の分析
      3. 撰銭の舞台
    • 第4章 市場は文書作成の場である
      1. 筆師の登場
      2. 売券の分析
      3. 笠松宏至論文を見直す
    • 第5章 市場は身曳きの場である
      1. 「孫三郎身曳状」
      2. 「礼 文」
      3. 「安芸文書」の身曳状
      4. 人勾引人は下人となる
      5. 債務奴隷への身曳状
    • 第6章 戦国家法の中の「公界」
      1. 『結城氏新法度』の中の「公界」
      2. 『相良氏法度』の中の「公界」
      3. 神奈川湊の「蔵衆談合」
      4. 網野善彦の「公界」
  • 第Ⅱ部 債権取立てに見る市場と国家(1) —— 寄沙汰考
    • 第7章 寄沙汰前史 —— 僧と金融
      1. 2つの法
      2. 保延2年の明法博士勘文
      3. 勘文の研究史
      4. 対内道徳と対外道徳
    • 第8章 平氏政権下での寄沙汰の登場
      1. 「寄沙汰」の研究史
      2. 神人・悪僧の濫行
      3. 神人・悪僧の訴訟決断
      4. 土地差押えの作法
    • 第9章 承久の乱前後の寄沙汰の拡大
      1. 「公家法」の寄沙汰禁止令
      2. 六波羅と寄沙汰
      3. 山僧・神人の武家社会への浸透
      4. 寄沙汰のさらなる拡大・変質
    • 第10章 公武の寄沙汰対策
      1. 鎌倉幕府の公家法継受
      2. 寛喜3年6月9日・宣旨事
      3. 寄沙汰の軍事化
      4. 東国における差押え
    • 第11章 証文を破る利倍法
      1. 文書か法か
      2. 追加法の寄沙汰禁止令
      3. 秩序維持権力の一元化
      4. 寄沙汰の終焉
      5. 永仁の徳政令=追加法第663条
    • 第12章 弘安の徳政
      1. 嵯峨院北条長時の蜜月期
      2. 亀山院と安達泰盛の〈徳政〉
      3. 正応5年、神社に「公家法」を遵行させる
      4. 寄沙汰から高質へ
      5. 「正直」倫理の登場
  • 第Ⅲ部 債権取立てに見る市場と国家(2) —— 国質・所質・郷質考
    • 第13章 日本史上の大断層 —— 寄沙汰から付沙汰・請取沙汰へ
      1. 経済の停滞期・転換期
      2. 第Ⅰ期の市場と市場法
      3. 建武式目』と『太平記
      4. 第Ⅱ期 —— 室町幕府追加法の中の譴責・催促
      5. 第Ⅲ期 —— 歳市の法と細川政元の法
    • 第14章 付沙汰・請取沙汰
      1. 寺領内での請取沙汰
      2. 西国市場での付沙汰・請取沙汰
      3. 足軽による請取沙汰
      4. 絹屋後家の一件
    • 第15章 国質・郷質・所質
      1. 質取りの成立
      2. 所 質
      3. 国質・郷質
      4. 信長禁令の中の「国質・郷質・所質」
      5. 町共同体による「所質」の代行
    • 第16章 楽市令
      1. 石寺新市楽市令
      2. 富士大宮楽市令
      3. 金森楽市令
      4. 安土楽市令
      5. 山新市楽市令
  • 結 語
    • あとがき
    • 索引

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