中国が人員採用制度として科挙を制度化していたことを世界史で習った人は多いであろう。そして、具体的に科挙がどのような制度であったのかをおぼろげながらも知識のある人は多いであろう。
本書はそうしたおぼろげな知識を明瞭化する一冊である。
本書に記されている科挙の現実はあまりにも苛烈で、残酷で、試験を通り抜けたごく一部のエリートと、その途中で挫折したチャレンジャー達の苦悩が本書に滲み出ている。公平を期すために年月の経過とともに科挙制度は複雑さを増していき、複雑さが増せば増すほど社会構造への影響が深くなる。
一方、試験に合格すれば中央政界への道が開ける一方、いかに権勢を手にする有力者であろうと試験に合格しなければ地位を継承させることができないことから、皇帝以外の誰もが平等という建前が生まれ、実際にいわゆる貴族層を生み出さないことに成功したことは否定できない。
そして、科挙の存在が中国社会の発展に寄与したことも否定できない。
ただし、途中までは。
科挙は時代遅れとなった。科挙では自然科学に関する知識は全く問われず、四書五経に基づく小論文と作詩を丁寧な楷書で書くことだけが科挙であった。清代末期に科挙はその役割を負え、科挙が無くなった瞬間に科挙のために全人生を掛けてきた人達は自己存在性を喪失した。
中国の歴代の帝国を安定させる根源であると同時に、科挙の失敗を契機として反意を抱くようになり帝国そのものを瓦解させる反乱者を生み出す根源となった科挙。その科挙を知る日本書は最高の一冊である。