德薙零己の読書記録

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リチャード・ホガート著,香内三郎訳「読み書き能力の効用」(ちくま学芸文庫)

福沢諭吉が学問のすゝめの初編を上梓したのは明治維新から間もない明治5(1972)年のこと。そのときは明治時代の日本が直面した近代国家への昇華の必要性と、その中で個々人がいかにして生きていくかを説く必要性があったからである。その答えこそ学問であった。

その頃の日本国にとって目標とすべき近代国家はイギリスであった。そのイギリスは近代国家であったが階級国家であった。マルクスが労働者階級について言及した点を思い返していただければ何となくイメージできるであろうが、マルクスの唱えた労働者階級への分析を本書は否定する。いや、厳密に言うと部分的に合ってはいるのだが、社会構造のほうが変化したとすべきか。

本書「読み書き能力の効用(原著名 "The Uses of Literacy ")はリチャード・ホガート氏がマスメディアに対応したイギリス労働者階級の生活と価値観の変化を考察した先駆的著作であり。1957年に初版が発行されたこの本は、労働者階級の生活の詳細とその変化が豊富に蓄積された一冊である。

著者の分析は、それまで存在してきた労働者階級の生活がマスメディアによって変化する、それも上品になるように変化することを示す。メディアに接し、メディアを咀嚼する能力を身につけることで労働者階級とされる人達が従来の暮らしから脱却し、マルクスの唱える労働者階級が破壊されている状況を書き記している。生まれによって決まるのではなく自らの努力によって自らの社会的地位と経済力を高め、暮らしを向上させている。著者はイギリスを主軸に置いて分析し本書を著しているが、こうした社会構造の変化はイギリスに限ったことではなく、世界的に広く見られるようになった現象である。

その上で、本書を読み終えたあとで感じたことを書き記すと、メディアの送り出す情報を咀嚼する能力を手に入れることで自らの知的水準と社会的地位の向上を図ることができ、その暮らしはメディアの情報を咀嚼できない古い価値観の人達から見れば上品な、咀嚼できる人達から見ると古い価値観のままである人達が、恐ろしいまでに下品に感じる。知的レベルの絶望的な断絶を感じる。公立の小学校や中学校で生活したことのある人であれば、話の通じない先輩、後輩、同級生と接してきたことも多々あるであろう。その話の通じない先輩、後輩、同級生の世界がメディアすら咀嚼できない人達である。

と同時に、既存メディアに留まってしまっている人達ですら、現在の感覚からすると下品であり、知的レベルの断絶を感じる。ネットの普及は賛否両論あるが、品格と知力の向上、そして、階級のさらなる破壊という点で功績を残したことは否定できない。