德薙零己の読書記録

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野口実編「承久の乱の構造と展開:転換する朝廷と幕府の権力」(戎光祥出版)

私は、鎌倉幕府の成立を建久三(一一九二)年の源頼朝征夷大将軍就任に置いている。しかし、それで平安時代の終わりとしているわけではない。
平安時代の終わりは承久の乱にあると考えている。鎌倉幕府が成立しても従来の院政を軸とする京都での政権は存続しており、鎌倉は京都から遠く離れたところにある一貴族の本拠地でしかなかった。

その鎌倉が事実上の首都となり、京都の政権は鎌倉の支配を受けることとなった出来事、それが承久の乱である。承久の乱については日本史の必須の歴史教科書にも登場するし、昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも取り上げられたことから、多くの人が知る歴史上の出来事であろう。

本書「承久の乱の構造と展開:転換する朝廷と幕府の権力」は野口実氏が編纂した承久の乱に関する論文をまとめた一冊である。本書は、承久の乱の勃発要因や合戦の動向の解明に主眼が置かれてきたこれまでの研究とは異なり、後鳥羽院が率いる朝廷や後鳥羽院周辺の人物、さらには幕府の諸将や構造などを多面的に検討することで、承久の乱の前と後で、中世社会の何が変化したのかを明らかにしていることに特色がある。

以下に本書に掲載されている論文、および、その論文の作者を挙げる

序論 野口実「承久の乱の概要と評価」

第1部 鎌倉幕府の諸将と宇治川の合戦
Ⅰ 野口実「承久の乱における三浦義村
Ⅱ 岩田慎平「承久の乱とそれ以後の北条時房
Ⅲ 野口実「承久宇治川合戦の再評価」

第2部 後鳥羽院をめぐる人間関係
Ⅰ 山岡瞳「後鳥羽院西園寺公経
Ⅱ 曽我部愛「後宮からみた後鳥羽王家の構造」
Ⅲ 生駒孝臣「後鳥羽院と承久京方の畿内武士」

第3部 さまざまな資料に描かれた承久の乱
Ⅰ 野口実「慈光寺本『承久記』の史料的評価に関する一考察」
Ⅱ 長村祥知「『平安通志』と『承久軍物語』」
Ⅲ 藪本勝治「『吾妻鏡』の歴史叙述における承久の乱

この論文の流れを見れば、本書が承久の乱を多角的に捉え、かつ、戦乱そのものではなく戦乱に至るまでの朝廷、院、幕府の状況を復座的に分析していることが読み取れるであろう。そして、承久の乱という平安時代の終わりを告げることとなる大事件が簡潔に把握できるものではないと理解していただけるであろう。