德薙零己の読書記録

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ジャン・ティロール著「良き社会のための経済学」(日本経済新聞出版社)

ノーベル経済学賞受賞をしたジャン・ティロールによると

  • 公務員の数を減らし、必要になったら非正規を雇うべき。
  • 労働時間の短縮は間違いだ。
  • 生産性の向上を遙かに上回る賃金の上昇は控えるべき。

とのことだが、気のせいか、その理論を実現させて失敗した国を知っている気がする。

 

本書は、経済学をより身近なものにし、一般大衆に親しんでもらうことを目的としてジャン・ティロール氏が著した一冊である。ジャン・ティロール氏は2014年にノーベル経済学賞受賞しており、産業組織論、ゲーム理論、規制、金融、行動経済学など、経済学の様々な分野に貢献している。本書では、気候変動、デジタル経済、労働市場、不平等、民主主義、ヨーロッパなど、現代における最も差し迫った経済問題について、その洞察と見解を語っていることに特色がある。

本書は5つのパートに分かれており、それぞれが異なるテーマを取り上げている。
第1部では、政策立案や公的議論に情報を提供できる社会科学としての経済学の役割と限界を紹介している。
第2部では、インセンティブ、規範、ネットワーク、心理の影響を考慮しながら、経済学が人間の行動や社会的相互作用の理解にどのように役立つかを論じている。
第3部では、市場経済とその失敗、特に、独占、外部性、情報の非対称性などといった失敗に焦点を当てている。著者は本書において、規制と競争政策がこれらの失敗に対処し、共通善を促進する方法を説明する。
第4部では、公共財の提供、所得の再分配、マクロ経済の安定を確保するための国家と公共部門の役割について扱っている。著者は同時に、グローバル化した世界における財政問題や金融政策の課題についても考察している。
ラストの第5部では、気候変動、デジタルトランスフォーメーション、イノベーション労働市場改革、コーポレートガバナンス、社会的責任など、今日の世界が直面する大きな課題を探っている。

本書は、専門用語や数式の使用を最小限に抑え、明快で魅力的なスタイルで書かれていることに特色がある。著者自身の経験や研究から得た例や逸話を用いて、ポイントを説明している。また、多くの経済的な問題につきまとう不確実性や論争を認め、読者に批判的に考え、自分自身の意見を形成するように促している。自身の見解や価値観の表明を避けず、謙虚な姿勢で、別の視点も尊重していることも重要なポイントである。

本書は、経済学の包括的な教科書でもなければ、決定的なガイドブックでもない。むしろ、経済学が公益のために役立つ世界を目指す、個人的で情熱的なマニフェストである。著者は、経済学が利己主義や強欲を擁護する悲惨な科学ではなく、私たちの集団的幸福を向上させるのに役立つポジティブな力であることを示している。また、経済学は、画一的な解決策を提示する独断的な科学ではなく、人間社会の多様性と複雑性を認識するプラグマティックな科学であることも示している。経済学者と他の学問分野、経済学者と政策立案者、メディア、市民社会との間の対話と協力の促進を呼びかけているのが本書である。

本書は、経済学と我々の暮らしとの関連性についてもっと知りたいと思うすべての人が読むに値する本である。現在に生きる我々が直面している経済的な問題と、私たちが追求しうる解決策について、より深く考えるよう、私たちに挑戦する本であり、経済学を公益のために役立てるよう、私たちを鼓舞してくれる一冊となっている。