德薙零己の読書記録

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アン・H・ジャンザー著「サブスクリプション・マーケティング:モノが売れない時代の顧客との関わり方」(英治出版)

「5年以内に私たちは何も買わなくなり、すべてをサブスクリプションという形で利用するだろう」とはティエン・ツォ氏の意言葉である。何とも恐ろしい言葉である。何しろ顧客が商品を買ってくれないのだから。

サブスクリプションビジネスモデルというのは昔から存在する。「何でそれで儲かるのだろうか?」と疑念に抱くようなビジネスモデルであるが、一点集中で見ると赤字に見えても広く考えると黒字になるというビジネスモデルである。

日本でわかりやすい例を挙げると、私鉄。私鉄沿線に分譲住宅を建ててビジネスパーソンに家やマンションを売る。ビジネスパーソンやその子は通勤や通学のためにその私鉄の定期券を買う。定期券というのは一ヶ月、三ヶ月、六ヶ月間、区間内であれば何度でも乗り放題というものだ。仮に片道300円の区間を月に20日利用するとしたら切符代は往復の合計で1万2000円になるが、定期券となると1万円未満に割引される。会社によってはもっと割り引かれる。鉄道会社にしてみれば大損となるはずだが、鉄道会社は定期券を売る。なぜか?

休日を含む通勤通学以外の用途としても乗ってもらうのだ。そのために、途中駅や終着駅に映画館やデパート、野球場を用意し、映画を観に行く、デパートに行く、野球を観に行く需要を喚起する。上記の例でいくと1万円未満の定期券で1万2000円以上の運賃を利用することとなるが、実際の客の出費はゼロではない。映画館や野球場の入場券、あるいはデパートでの購入費用が加わる。映画館にしても、野球場にしても、私鉄沿線にあるために「定期券があるから交通費もタダだし観に行こうか」という顧客を獲得できるし、デパートにしても「定期券で行って、買い物をして、レストランで食事をして帰宅する」という顧客を手にできる。

定期券は鉄道事業だけで見れば売上を伸ばさないが、映画館や野球場やデパートも含めたグループ全体を見れば売上を伸ばすことになるし、分譲した住宅の売り上げも加わる。

顧客にしてみれば、鉄道を利用することの出費は定期券購入の1回だけである。定期券に記された期間内であれば何度利用しても怒られないし、利用しなかったとしても勿体ないことになるだけで怒られるわけではない。

 

こうしたわかりやすいサブスクリプション・ビジネスモデルは、デジタル化社会の到来によってさらなる拡充を見せるようになっているというのが著者の主張であり、サブスクリプション・ビジネスモデルが拡充する社会において、いかにして新たに顧客を獲得し、獲得した顧客をいかにして維持するかを掘り下げた、包括的で洞察に満ちたガイドブックとなっているのが本書である。

冒頭に記した定期券のビジネスモデルはデジタル化社会以前から存在していた典型的なサブスクリプション・ビジネスモデルであるが、本書に記されているのは、デジタル化社会におけるサブスクリプション・ビジネスモデルである。たとえばNetflixDAZNは年会費や月会費を払うとサイトが提供するコンテンツを好きなだけ観ていいというビジネスモデルである。ちなみに、提供しているコンテンツを24時間×31日に亘って休むことなく観続けることも可能であるが、それで提供されている全てのコンテンツを観終えることもできないし、もっと言えば、1ヶ月たったらさらにコンテンツが増えている。

本書において著者は、企業がいかにして顧客をつなぎ止めて顧客との長期的な関係を築くために採用できる様々な戦略を探求している。それは理論的な概念にとどまらず、実際のケーススタディ、ベストプラクティス、そして読者がビジネスに直接応用できる実行可能なステップを盛り込んでいる。これらの事例は、著者のアイデアに命を吹き込み、効果的に実行された場合のサブスクリプション・ビジネスモデルのポジティブな影響を示している。

そこには、デジタル化社会における顧客心理を深く理解している著者の至高が落とし込まれている。著者は、今日の消費者がより自分に適したモノやサービスを求め、利便性と継続的な価値を切望していることを認識しており、その結果として有意義なつながりを築き、データ主導の洞察を活用して、顧客一人ひとりのユニークなニーズに合わせたサービスを提供することの重要性を強調している。いわゆるCRMからCMRへの進展である。

本書は、サブスクリプション・ビジネスモデルに携わる人、あるいは顧客維持率の向上に関心のある人にとって必読の書であると言える。ベテランのマーケティング担当者であれ、初心者の起業家であれ、本書を読むことによってサブスクリプション・ビジネスモデルの世界を切り抜け、顧客との長期的な関係を築くために必要なツールと知識を身につけることができるだろう。