いささめに読書記録をひとしずく

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

エドウィン・ブラック著「IBMとホロコースト:ナチスと手を結んだ大企業」(柏書房)

ヒトラーが、ナチスが、なぜあのような残虐なことをしたのか? この問いの答えを求めようとした人、そして答えを導き出した人は数多くいるだろう。

一方で、忘れてはならない視点がある。

どうしてあのような残虐なことができてしまったのか?

ついこの間まで隣の家に住んでいた人が連行されるというのが当たり前となってしまっているという日常なのだ。ある人はユダヤ人であるからと、ある人はロマの人であるからと、ある人は共産主義者であるからと、ある人は同性愛者であるからと、ある人はナチス政権に批判的だからと、様々な理由で連行され、地獄を、そして死を迎えているのである。

その上で、こう考えていただきたい。その人がユダヤ人だと、ロマの人だと、共産主義者だと、同性愛者だと、ナチスに批判的であると、どうやって当時のナチスは判断できたのか?

ナチスが敵と考える存在であると判断されると、連行され、地獄を見て、死を迎えるというのに、自分で自分のことをナチスが敵と考える存在であると考え、周囲に言いふらす人は少ない。ゼロではないであろうが、そのような人はとても少ない。なぜなら、そのような人は、運が良ければ国外に亡命し、そうでない人はとっくにナチスによって強制収容所に連行されている。それでもなおナチスナチスが敵と考える人を拉致して強制収容所へ連行し続けたということはどういうことか?

本書にはその答えが書いてある。
そして、読後感を一言で言うと、恐ろしさ。
人間がなぜ、ここまで残酷になれるのか。技術をここまでどうして残酷に扱えるのか……

個人情報が漏れたらどうなるかという話を聞くが、その中で出てくる「考えられる恐怖」をはるかに超える恐怖を、人類は歴史の中で体感してしまったのだ。
ナチスのしでかした犯罪を当時の人は見過ごしたのか? その答えは、否。
個人情報を掴んだ人はナチスに進んで協力したのか? その答えも、否。

仕事で個人情報を扱う人は多いだろう。そして、それが漏れたらどうなるかを聞かされてきた人も多いだろう。
その上で、多くの人はこのように感じる。「大袈裟なんじゃないか?」、と。
その感想は甘いと言うしかない。

歴史は想像以上に残酷な過去を教えてくれる。

 

残酷ついでに言うと、「こうすれば社会は良くなるはずだ」「こうすれば暮らしはもっと豊かになるはずだ」と考えてまとめ上げた意見のうち、現在の社会で見られないものは、人類史上誰も考えたことのない画期的なアイデアだから見られないのではなく、過去に存在して失敗したアイデアだから。

そう言えば、政権批判を欠かさない人が言う「ぼくのかんがえたりそうのしゃかい」は、ナチスがやらかして取り返しのつかない失敗に終わったことと結構似ているなぁ、と。