德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

今野晴貴著「ブラック企業2:「虐待型管理」の真相」(文春新書)

ブラック企業2 「虐待型管理」の真相 (文春新書)

何度かネタにしているが、私はX(旧Twitter)上で渡邉美樹にブロックされている。


ブロックされていること自体は特に問題ない。ビジネス解説マンガを描き記し、公開し、マネジメントとはどうあるべきか、会社はいかに人を活かすビジネスを展開していくべきかを記した結果、渡邉美樹にブロックされるのは公開している内容の正しさを裏付けてくれる材料なので、むしろ今のままのほうがありがたい。

しかし、このようなことを書き記してもこの人殺しのやらかしたことは消えて無くなるわけではない。ついでに言えば、人殺しは渡邉美樹だけではない。柳井正も小川賢太郎も従業員を殺している。殺しておいて平然としている。

残酷な言い方になるが、本書はこうした連中がどうやって人を殺してきたかを記した一冊である。しかも、こうした殺し方は今もなお消え去ることはなくまだ続いている。渡邉美樹や柳井正や小川賢太郎といった人殺しは有名人でもあるから叩かれるのであって、そこまで有名ではないが人を殺して平然としている人間は今も存在している。

さらに本書は残酷な事実を突きつける。そうした人間を一人一人叩いたところで解決しない、また、合法的に叩くための機関である労基も既に限界を迎えているという現実である。

期待すべき点を挙げるとすれば、本書刊行からの時間経過による社会的な改善である。実際に働いている立場から言うと、これらは年々改善されてきていると実感できる。その上で、ようやく給与アップのステージに入ってきているのだと感じることができる。

ただ、遅い。

こいつらに殺された人、命を落とさずに済んだものの未だに苦しめられている人は見捨てられたままである。

 

今野晴貴著「ブラック企業:日本を食いつぶす妖怪」(文春新書)

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

今から12年前にTwitter(現X)でこんなのを作った。

Twitter上では #ブラック企業カルタ というハッシュタグを付けて大喜利的に書き込んでいたが、これらは全て本書にある実話である。

  • 「あ」明るくなってきてからやっと帰れる
  • 「い」命に関わる日々
  • 「う」上役に殺意を抱く
  • 「え」永遠に続く仕事
  • 「お」終わらない仕事。
  • 「か」仮眠二時間とれて御の字
  • 「き」キチ○イになってやっと一人前
  • 「く」苦しみ続ける無間地獄
  • 「け」血尿が出た程度で休めると思うな
  • 「こ」これからの人生に希望なんてない
  • 「さ」最低賃金以下の給料
  • 「し」死人の一人や二人じゃ驚かない。
  • 「す」救いようのない現実
  • 「せ」せめて月に1度は休みたい。
  • 「そ」底なし沼
  • 「た」立ったまま眠れる技術が身につく
  • 「つ」つまらぬミスを口実に減給
  • 「て」敵は社長室にあり
  • 「と」鳥になって逃げ出したい
  • 「な」泣こうがわめこうが帰れない
  • 「に」人間扱いされてない
  • 「ぬ」抜け出せた奴が羨ましい
  • 「ね」眠れる時間があると思うな
  • 「の」脳味噌の限界はとっくに超えた
  • 「は」墓場にもうすぐ行けそうだ
  • 「ひ」人としての権利なんて都市伝説
  • 「ふ」不眠不休が当たり前
  • 「へ」平気なわけがない
  • 「ほ」放り投げて逃げ出したい
  • 「ま」マジでやばいかも知れない
  • 「み」惨めな毎日
  • 「む」無茶な要求もそれがノルマ
  • 「め」目が死んでる
  • 「も」もう限界だ
  • 「や」辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい
  • 「ゆ」夢ならば覚めてくれ
  • 「よ」夜中も勤務時間
  • 「ら」来世こそはまともな人生を過ごしたい
  • 「り」理由がないのに怒鳴られる
  • 「る」ルール無視の労働条件
  • 「れ」歴然とした格差社会の負け組
  • 「ろ」老衰の時期が早まる
  • 「わ」我先に逃げ出す

これらを笑って書けるのはかの地獄からどうにか脱げ出すことに成功したからであって、実際に体験していた頃は生き地獄以外の何物でもなかった。

私の投稿は冗談を込めて記した内容であるが、内容は本書に記している内容と大きな違いは無い。そしてそこに笑いはない。あるのは悲劇だけである。

そして2024年現在、残酷な現実が突きつけられている。12年前に記された本書で取り上げられているのは「苦しめられる若者」であった。それから12年、苦しめられた若者は年齢を重ね「苦しめられる中高年」になっている。

状況の改善は見られる。しかし、解決にはまあまだ遠い。

 

鈴木透著「スポーツ国家アメリカ:民主主義と巨大ビジネスのはざまで」(中公新書)

スポーツ国家アメリカ 民主主義と巨大ビジネスのはざまで (中公新書)

まずは以下の表を見ていただきたい。

順位 クラブ名 資産価値 所属
(USD) (JPY)
1 Dallas Cowboys 90.00億 1兆3500億 NFL
2 New York Yankees 71.00億 1兆0650億 MLB
3 Golden State Warriors 70.00億 1兆0500億 NBA
3 New England Patriots 70.00億 1兆0500億 NFL
5 Los Angeles Rams 69.00億 1兆0350億 NFL
6 New York Giants 68.00億 1兆0200億 NFL
7 Chicago Bears 63.00億 9450億 NFL
8 Las Vegas Raiders 62.00億 9300億 NFL
9 New York Knicks 61.00億 9150億 NBA
9 New York Jets 61.00億 9150億 NFL
11 Real Madrid 60.70億 9105億 Spanish La Liga
12 Washington Commanders 60.50億 9075億 NFL
13 Manchester United 60.00億 9000億 English Premier League
13 San Francisco 49ers 60.00億 9000億 NFL
15 Los Angeles Lakers 59.00億 8850億 NBA
16 Philadelphia Eagles 58.00億 8700億 NFL
17 Miami Dolphins 57.00億 8550億 NFL
18 Barcelona 55.08億 8262億 Spanish La Liga
19 Houston Texans 55.00億 8250億 NFL
20 Liverpool 52.88億 7932億 English Premier League
21 Denver Broncos 51.00億 7650億 NFL
22 Seattle Seahawks 50.00億 7500億 NFL
23 Manchester City 49.90億 7485億 English Premier League
24 Bayern Munich 48.60億 7290億 German Bundesliga
25 Los Angeles Dodgers 48.00億 7200億 MLB
26 Atlanta Falcons 47.00億 7050億 NFL
27 Minnesota Vikings 46.50億 6975億 NFL
28 Baltimore Ravens 46.30億 6945億 NFL
29 Pittsburgh Steelers 46.25億 6938億 NFL
30 Cleveland Browns 46.20億 6930億 NFL
31 Green Bay Packers 46.00億 6900億 NFL
32 Boston Red Sox 45.00億 6750億 MLB
33 Tennessee Titans 44.00億 6600億 NFL
34 Indianapolis Colts 43.50億 6525億 NFL
35 Kansas City Chiefs 43.00億 6450億 NFL
36 Paris Saint-Germain 42.10億 6315億 French Ligue 1
37 Tampa Bay Buccaneers 42.00億 6300億 NFL
38 Los Angeles Chargers 41.50億 6225億 NFL
39 Chicago Cubs 41.00億 6150億 MLB
39 Chicago Bulls 41.00億 6150億 NBA
39 Carolina Panthers 41.00億 6150億 NFL
42 New Orleans Saints 40.75億 6113億 NFL
43 Boston Celtics 40.00億 6000億 NBA
43 Jacksonville Jaguars 40.00億 6000億 NFL
45 Ferrari 39.00億 5850億 F1
45 Los Angeles Clippers 39.00億 5850億 NBA
47 Mercedes 38.00億 5700億 F1
47 Arizona Cardinals 38.00億 5700億 NFL
49 San Francisco Giants 37.00億 5550億 MLB
49 Buffalo Bills 37.00億 5550億 NFL

プロスポーツクラブの資産価値のランキングである。(The World’s 50 Most Valuable Sports Teams 2023 (forbes.com)*1より

トップ50クラブのうち41クラブをアメリカのプロスポーツクラブが占めており、世界最大の競技人口を誇るサッカー、その中でも群を抜いて成功しているクラブであるレアル・マドリードですらベスト10には入っていない。

日本のクラブはどうなのかというと、プロ野球では福岡ソフトバンクホークスの177位が、サッカーJリーグだと浦和レッズの264位が、日本でのトップである。浦和レッズACLに優勝して来年のクラブワールドカップに出場することが決まり、出場するだけでも5000万ユーロの賞金を獲得するとの話であるため、2025年度は日本国内のランキングで福岡ソフトバンクホークスを抜く可能性が高いが、その浦和レッズですら世界のベスト100には入らない。

一方、上記のランキングに入っているクラブは、MLBのようにカナダにも展開している例外もあるが、基本的にアメリカ国内で完結しているプロスポーツである。無論、日本をはじめとするアメリカ以外の国から野球選手がメジャーリーグに移籍し、バスケットボールのように世界中からスター選手を集めているが、それでも基本的にはアメリカ国内で完結するスポーツビジネスである。

こうなると、どうやって太刀打ちすれば良いのかすらわからなくなる。

それにしても、これだけの巨大市場はいかにして誕生したのか?

そして、この巨大市場はどのような問題点を抱えているのか?

本書は現在のスポーツビジネスにおけるアメリカの特異性、懸念点、これまでの歴史と今後の展開を記す一冊である。

あと、これは個人的な感想であるが、そう遠くない未来に上記のランキングにMLSのクラブが入り込んでくる気がする。

鈴木透著「食の実験場アメリカ:ファーストフード帝国のゆくえ」(中公新書)

食の実験場アメリカ-ファーストフード帝国のゆくえ (中公新書 2540)

アメリカという国家は奇妙な国家である。

少なくとも現時点で地球上最強の国家であり、アメリカの影響を受けないでいられる生活を過ごすことのできている人など一人もいない。それこそ、反米を国家の大義として掲げ、アメリカに敵対することを是とする社会にあっても、日常生活のどこかしらには必ずアメリカが絡んでいる。

それでいて、歴史は浅い。18世紀までの人間にアメリカを意識させることは難しい。せいぜい18世紀末、それこそフランス革命以降の社会において、イギリスから独立した旧植民地という概念が生じるかどうかである。

さらに、コロンブス以前から住んでいた人達の子孫はマイノリティ扱いを受け、マジョリティである人は移民の子孫である。多くはヨーロッパからの移民の子孫であるが、その他の地域から自らの意思で移住してきた人の子孫もいるし、人類の歴史として忘れてはならないことであるが、奴隷として連れてこられた人の子孫もいる。

その痕跡は、現在のアメリカの食文化に残る。

アメリカの食文化としてイメージされる食事の多くは、ヨーロッパに起源を持ちながらも、その単純な移植ではない。現地で手に入る素材を利用した食事であり、アメリカ風の食事として確立している。たとえばバーベキューやハンバーガーがそれだ。また、ピザやパスタといったイタリア料理もアメリカに広く受け入れられているが、イタリア料理がそのまま受け入れられているのではなく、イタリアがルーツであることは知っていてもアメリカナイズされた料理になっている。そして、同じ現象は日本のスシも辿っている。

さらにここに歴史が加わる。産業革命に呑み込まれていったことで、料理が家庭料理から購入に変わってくる。自宅での調理はバーベキューのように休日に手間を掛けて作るか、そうでなければ買ってきた料理を食べるというスタイルが確立される。ここでファストフードが登場する。

ただし、これは世の常であるが、何であれ現状を批難する人もいる。昔はよかったとする守旧派もいるし、他国は素晴らしいのに自国は酷いものだと嘆く出羽守もいる。それが食事に向かうとファストフードへの批難となる。実際に肥満が問題視されていることもあって、ファストフードは槍玉に挙がっている。

本書は、コロンブス以前から住んでいた人達、奴隷として連れてこられた人達も含め、様々な食文化が融合したアメリカの食について探求している一冊である。

飯田一史著「『若者の読書離れ』というウソ」(平凡社新書)

最近の若者は……

このありふれたフレーズは古代エジプトには既に登場している。多くは、年長者の若い頃と比べて現在の若者は劣っていることを年長者が揶揄するフレーズであり、このフレーズを口にすることで自らが優れていることを自賛するために用いられる。

このフレーズが読書を軸に用いられる場合、言いたいことは一点にたどり着く。昔の若者は読書をしていたので優れた知性を持っており、その状態で年齢を重ねてきた自分達年長者は優れた知性を持っているのに対し、現在の若者は読書をしないので知的に劣っているという言質である。

本書はその概念を完全否定する。

若者は本を読んでいる。それも、かなり読んでいる。

現在の大人が未成年であった頃と比べて一人あたりの読書量は増えており、日常生活に読書が存在しない若者が減っている。本書は具体的なデータを列挙して読書量の増大を述べており、このデータの前には最近の若者は本を読んでいないというのは根拠無き難癖とするしかなくなる。

それでもこのように考える人がいるのではないだろうか? 「スマートフォンばかり見て本を読んでいない」、あるいは「ゲームばかりして本を読んでいない」と。

この言いがかりについてもデータは否定する。スマートフォンやゲームに時間が割かれているのは事実でも、それでも読書量は増えている。ついでに言えば、購入した本が電子書籍であるならば、スマートフォンは読書のための道具になる。

それでもこのように言うのではないであろうか? 「どうせマンガばかりだろう」と。「読書量が増えたと言ってもマンガが増えただけだろう」と。

こちらの言質も本書は完全に否定する。本書の読書に関するデータにマンガは含まれていない。マンガを読書量にカウントするならもっと増える。若者はマンガしか読んでいないのではなく、マンガ以外の本の読書量が増えているところに加えてマンガも読んでいるというのが現実だ。

それでもなお最近の若者は本を読んでいないと考えるのであれば、それは単に、若者が本を読んでいないと考えるときに思い浮かべる若者像が実在しないイマジナリー若者であるか、難癖を付ける者の周囲にいる若者がたまたま本を読んでいない若者であるかのどちらかである。

繁田信一著「『源氏物語』のリアル:紫式部を取り巻く貴族たちの実像」(PHP新書)

『源氏物語』のリアル 紫式部を取り巻く貴族たちの実像 (PHP新書)

源氏物語は現在でこそ古典であるが、今から1000年前は時代の最先端を取り入れた小説であり、読者にとっても源氏物語に描かれている世界は身近な世界であった。源氏物語のリアルタイムの読者にとっては身近な出来事が作品の中で展開されており、紫式部が詳しく書かなくても理解できることが作品の中で繰り広げられていた。

それでいて、源氏物語は同時代を扱った小説ではなく紫式部からおよそ100年前、中国には唐があり、日本海の北西には渤海国があった頃の話である。作品の中に高麗人が登場するが、そこでいう高麗人とは朝鮮半島統一国家である高麗でなく、高句麗の継承国家である渤海国である。

もっとも、そうした100年前の世界を描いた作品であるという前提のうえで、源氏物語の同時代の出来事もふんだんに取り込まれている。源氏物語の登場人物に似ている人物は宮中にいる人であれば思い当たるし、源氏物語に出てくる事件についても同時代の人にとっては容易に想像できる出来事であった。無論、一字一句同じというわけではなく、実際に体験したわけではないにしても容易に理解できる出来事である。

それが、時代を経ることで同時代の人でもわからない作品へと昇華していった。名作であるための古典へと昇華し、作品そのものの素晴らしさが源氏物語をして日本文学史における一代指標となった。現在でも高校の古典の教科書に源氏物語は古典の名作として掲載され、古典の学問として源氏物語を学ぶ。そこには源氏物語の本来持つ面白さとのギャップがある。

本書はそのギャップを埋める好書である。

中塚武監,伊藤啓介&田村憲美&水野章二編「気候変動と中世社会」(臨川書店)

気候変動から読みなおす日本史 (4) 気候変動と中世社会

日本は国家を作り出したときに中国大陸の国家様式を模倣した。それこそが国家であり正解であると考えたからである。

その前提が崩れた。

必ずしも中国大陸の国家様式が正解であるとは限らず、現実に即した社会を構築してもいいのだと気づかされ、さらには中央集権国家という概念を破棄するようになったのが日本国における中世である。

本書はその中世における気候を調べた一冊であり、気候が中世世界の成立にいかなる影響をもたらしたかをまとめた論文集である。

本書が描き出す中世日本の現実はバラ色ではない。農業生産性が落ちて飢饉が頻発し、貧しさが治安悪化を生みだして戦乱を招きだした時代である。なぜそのような時代を迎えることとなったのかの答えも残酷な現実を突きつける。

かの時代の人達が直面したのは人間の努力でどうにかなるレベルの気候変動では無かったのだ。

本書は中世日本の気候変動を如実に描き出す。

後世から見ればドラマティックな社会かもしれないが、本書で示されているのは残酷な現実である。