德薙零己の読書記録

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アイリス・マリオン・ヤング著,岡野八代&池田直子訳「正義への責任」(岩波現代文庫)

正義への責任 (岩波現代文庫)

本書はアイリス・マリオン・ヤング氏の遺稿とも言うべき一冊である。2006年に世を去った政治理論家ヤング氏は病の中で本書の原稿を執筆し、死後5年を経た2011年に本著の原著が刊行され、2014年に邦訳版の本書が刊行された。

さて、本書のタイトルにも含まれている「正義」とは何か?

著者はこれを簡単にまとめてくれてはいない。しかし、読者はこのように感じるはずだ。「正しくないことが存在している」と。そして、このようにも感じるはずである。「正しくないことを正さねばならない」と。

もっとも、その考えの成就は簡単ではない。誰が不正義に責任を負うのか、どのように社会正義を達成するのか、個人と集団の責任の複雑な関係がまさに本書で取り上げている内容である。不公正は複雑さを伴っており、個人の責任や社会の責任といった単純なものではない。一方で、社会構造や政治的取り決めそのものが不公正な状況を生み出し、永続させている、権力、知識、資源の不平等な分配が疎外や排除につながり不公正を生みだしている。

著者は本書において、環境破壊、世界的な経済格差、政治的権利の剥奪といった具体的な問題を挙げ、これらの問題に対処するために責任に対する理解の転換が必要であるかを説き、個人の説明責任を超えて、不正を悪化させるシステム的な要因を考慮し、最終的には権力と特権を持つ立場の人々に、抑圧的な構造を維持する上での役割について責任を負わせなければならないというのが本書の主張だ。

本質的に本書はエッセイ集である。しかし、気軽に読める一冊ではない。読了は困難である。それだけ難しい問題に真正面から取り組み、読者に困難な課題を突きつける。その困難な課題に立ち向かう覚悟があるならば本書を手にとっていただきたい。