ある時、ハンガリー軍の偵察部隊がアルプス山脈の雪山で、猛吹雪に見舞われ遭難した。彼らは吹雪の中でなす術なく、テントの中で死の恐怖におののいていた。そのとき偶然にも、隊員の一人がポケットから地図を見つけた。
彼らは地図を見て落ち着きをも取り戻し、「これで帰れるはずだ」と下山を決意する。彼らはテントを飛び出し、猛吹雪の中、地図を手に大まかの方向を見極めながら進んだ。そしてついに、無事に雪山を折りすることに成功したのだ。
しかし、そこで戻ってきた隊員が握りしめていた地図を取り上げた上官は、驚いた。彼らの見ていた地図はアルプス山脈の地図ではなく、ピレネー山脈の地図だったのである。
(第23章 センスメイキング理論 導入部 より)
本書は、著者の入山章栄氏が経営学の世界標準とされる30の理論を選び、それらを体系的に紹介する一冊である。本書で提供しているのは冒頭に掲げたエピソードを含め、ビジネスパーソンが日々直面する課題を解決するための「思考の軸」である。
本書の特徴的な点は、経営理論を単なる抽象的な概念ではなく、具体的なビジネス課題を解決するためのツールとして提示していることにある。イノベーション、人材育成、新規事業創造、M&A、スタートアップの国際化、リーダーシップなど、幅広いテーマに対する洞察が凝縮されているのが本書の特色である。
それらのテーマを著者は明快な語り口と理論を基本原理から丁寧に解説するアプローチによって、読者にとって理解しやすい内容を形作っている。これにより、読者は経営理論が難解でアクセスしにくいものであるという一般的なイメージを払拭されることとなる。
無論、本書はあくまで経営理論の標準を紹介しているものであり、最新の経営トレンドや研究についてはカバーしていないことは挙げなければならない。そのため、最先端の経営理論について学びたい読者にとっては、他の資料を参照する必要がある。しかし、そのときも本書によって手にした経営理論の標準が土台となって、深く受け入れやすいものとなるはずである。
本書は、ビジネスパーソンが自身のビジネス課題を解決するための「思考の軸」を手に入れるための一冊と言える。経営理論について深く学びたい読者だけでなく、自身のビジネススキルを向上させたい読者にとっても非常に有益な一冊となるであろう。