德薙零己の読書記録

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木本好信「奈良時代:律令国家の黄金期と熾烈な権力闘争」

平安時代を全部書くという野望のもと歴史小説平安時代叢書」を書き始めてから15年目を迎え、今になって平安時代は一つ前の時代である奈良時代とで何が違うのかという視点で振り返ると、理想と現実という視点に気づかされる。

奈良時代が終わって平安時代になった瞬間に、国家運営の基本が理想から現実へと変化したわけではなく、平安時代初期、具体的には仁明天皇の時代までは律令に基づいて理想通りに国家運営をする時代だった。

仁明天皇の時代に藤原良房によって、それまでの理想優先の律令制から、現実に基づく藤原摂関政治に移ったとするのが私の平安時代叢書であり、現実に基づく藤原摂関政治とはどのようなものであったのかは平安時代叢書を読んでいただくとして、では、その前はどのような時代だったのか?

理想が現実に勝つ時代だ。

奈良時代の悲劇の皇族として扱われることの多い長屋王

しかし、政治家としての長屋王は評価できる人物ではない。

現実と妥協せず律令を最優先し、百万町歩の開墾計画を推し進めるなど大風呂敷を拡げるもののそれが庶民生活の向上をもたらすことは無かったのが現実だ。

律令に基づく公地公民制が農業生産性を悪化させていることをもしかしたら長屋王も認めていたのかも知れないが、示した政策は土地の永年所有を認めるものではなく、最長でも三代に限っての私有を認める三世一身法。これは、一瞬だけ農業生産性が上げる効果を有したが、根本解決とはならなかった。

長屋王が現在に残している功績は、政治家としての功績ではなく、平城京の邸宅からの発掘品であるのもその一例である。牛乳を飲み、チーズを食べ、レタスを栽培していたことを長屋王の邸宅は現在に伝えてくれるが、政治家としての長屋王が現在に生きる我々に何かの手本となることは、無い。

最期が衝撃的なものであるために長屋王藤原氏によって誅せられた悲劇のヒーロー扱いされているが、長屋王がもし史実のような悲劇を迎えなかったならば、当時の日本国民の暮らしは史実よりも惨たるものとなっていたはずである。

もっとも、その後にとてつもない悲劇が待っている。天然痘という悪夢が……

天然痘のもたらした悪夢はこちらを参照

Population, Disease, and Land in Early Japan, 645–900 (Harvard-Yenching Institute Monograph Series)

 

奈良時代の全容を記した図書は多々ある。

それこそ、続日本紀そのものが奈良時代を書き記すもっとも著名な図書である。

だが、解りやすさと新しさという視点から、今の私はこの本を薦める。

奈良時代-律令国家の黄金期と熾烈な権力闘争 (中公新書 2725)