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大野裕之著「チャップリンとヒトラー:メディアとイメージの世界大戦」(岩波書店)

チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦

20世紀で最も愛された人物、チャップリン

20世紀で最も憎まれた人物、ヒトラー

この二人が同い年であること、裕福ではない暮らしから身を立てた人物であること、そして時代を手にした人物であることは世界史の教科書にも出てくる話である。そして、多くの人が観たであろう名作「独裁者」において、チャップリンヒトラーを徹底的に風刺し、ヒトラーの存在そのものを嗤い物にしたこともまた、多くの人が知ることである。

その二人の人生はあまりにも対比的だ。第一次大戦の前に既に映画人として身を立てていたチャップリンは連合国の戦勝のために公債を買い求めるよう訴える映画に出演した。一方、ヒトラーは画家の道を断念してドイツ軍の一員として戦場に赴き、一時は視力を失うまでになっていた。

戦勝国の映画俳優の一人として成功者への道を歩み始めたチャップリンに対し、ヒトラーは敗戦国の一兵士である。間違いなく、この時点のヒトラーのことなどチャップリンは知らない。ところが時代はヒトラーを成功者へと祭り上げる。零細弱小政党で会ったはずのナチスを牛耳ることに成功したヒトラーは、一度は逮捕されながらも釈放後は政治家として身を立て、気が付けばドイツという国家を手中に収めるようになっていた。

チャップリンは世界最高のコメディアンとして銀幕のスターであり続け、世界中から愛され続けたが、それは同時に時代の要請を満たし続けることを余儀なくされる人生でもあった。世間は映画のスクリーンの中で、一個人としてのチャップリンではなく、お馴染みのスタイルのチャーリーを求め、チャップリンは観客の声に応えてコメディアンに徹し続けた。

時代は明らかに暗くなっていく。

時代は徐々に絶望に向かって進んでいる。

そして時代は殺しあいの時代へと落ちぶれてしまった。

先に述べた「独裁者」は、そんな時代に諍ったチャップリンの最高傑作である。時代の求めに応じたのではなく、時代を作り出す。その映画が「独裁者」である。「独裁者」の中でチャップリンの演じる独裁者ヒンケルヒトラー以外の何物でもない。実際、撮影中のスタッフは、独裁者ヒンケルチャップリンの演じる人物であると理解しているものの、どうしてもヒトラーの恐怖がつきまとっていたという。それでいて映画における独裁者ヒンケルは嗤い物である。世界が恐怖するヒトラーチャップリンの映画においては嘲笑の対象となる。嗤い物でしかない独裁者ヒンケルを通じて、ヒトラーの作りあげてきた権威も、権勢も、きれいさっぱり崩れ去る。

その情景を描き出す筆致、本書は見事とするしかない。