德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

P.F.ドラッカー著,清水敏允訳「明日のための思想」(ダイヤモンド社)

本書はドラッカーが1959年に著した論文集であり、日本語訳の本作は、掲題作である「明日のための思想」の他に、「経済政策と社会」「現代のプロフィール」の計3本の論文が掲載されている。

特筆すべきは、本書の原著がドイツ語、すなわちドラッカー母語であるという点であり、通常のドラッカーの著作よりも思うがままにドラッカーの思考を描き記している。

掲題作である「明日のための思想」は、アメリカ経済における従業員の役割の増大と国家機関の縮小、そして、従業員が従業員であり続けるために求められる資質としての知識の拡張を前提とした知識社会の到来について記している。その上で、今後の経済社会で起業が生き残るために何をすべきかをまとめている。後にドラッカーの提唱するポスト・モダン世界の原風景がここにある。

「経済政策と社会」は、1950年代という東西冷戦下で勃興した大量生産を前提とした企業経営において、国家、企業、従業員がどのように行動すべきかを述べている。ドラッカーの提唱する知識労働者の概念の原風景がここにある。東西冷戦は西側の全面勝利、東側の無条件降伏で終わったことを現在に生きる我々は知っているが、この時代はスプートニクショックをはじめとする東側の脅威が喧伝されていた頃であり、ドラッカーの提唱する知識労働者の概念も今後の東西冷戦において東側に対抗するために西側がいかにすべきかを説いたものであるが、ドラッカーの考えは東西冷戦終結後でも変わらぬ、あるいは、より伸張した概念として現代社会に存在している。

最後の「現代のプロフィール」であるが、ドラッカーの実体験してきた社会の移り変わりについて、ケインズ、ジョン・カルフーン、フォードの三名の足跡を巡ることでアメリカ経済の成長を語り、ヨーロッパが今後アメリカの後を追う形で社会を成長させることが今後必要になると説いた著作である。なお、ここで挙がっているヨーロッパとは東西冷戦における西欧諸国であり、ソビエト支配下にあった東欧諸国ではない。東欧諸国やソビエトはまさに対応すべき敵であり、生き残るために変わらなければならない理由である。

本書は60年以上前に書かれたにもかかわらず、今日でも高い関連性と影響力を持ち続けている一方、原著がドイツ語であったことが災いしてか、日本語訳は昭和47年に刊行されて以降、古書店でしか手に入らなくなっていた。その日本語訳の本書が平成28年電子書籍として復刻され、現在ではスマートフォンで気軽に読めるまでになっている。ダイヤモンド社の関係各位にただただ感謝である。