德薙零己の読書記録

お勧めの書籍や論文を紹介して参ります。

おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

サイモン・クーパー著「サッカーの敵」(白水社)

今日(令和5(2023)年5月6日)、埼玉スタジアム2○○2には6万人近くの人が訪れる見込みである。サッカーを愛する人がアジア最強クラブの座を賭けて争うAFCチャンピオンズリーグ決勝第2戦、浦和レッズvsアルヒラルの試合に目を向け、声援を送り届ける。

そこには歴史の積み重ねがある。

ACL決勝に至るまでの天皇杯初戦から積み重ねてきたことだけが歴史の積み重ねではない。浦和の、日本の、そして世界のサッカーを愛する全ての人が積み重ねてきた歴史が存在する。

サッカーを愛する人達は言論の自由のために戦い続けてきた。ファシズムに支配されたイタリアやドイツ、共産主義に包まれたソビエトや東欧、あるいはフランコ将軍時代のスペインでは、サッカースタジアムに行くことで、反ファシズム、反共産主義を堂々と主張してきた。

サッカーが好きな一個人であるという名目でスタジアムに行き、ファシズムの支援を受けたクラブや共産党の支援を受けたクラブと対戦するクラブのファンとして、クラブに声援を送る。それが数少ない、反ファシズム、反共産主義の意思表明の手段だった。

あくまでも好きなクラブやそのクラブに所属する選手に対する声援であり、愛するクラブの敵であるクラブに対する批難の声であった。その正体が反ファシズムや反共産主義であっても、サッカーの応援である間は秘密警察に逮捕されずに声を挙げることができた。

ただし、それも許されない場面もあった。東ドイツに住むヘルタ・ベルリンのサポーターである。ヘルタ・ベルリンの本拠地は西ベルリンにあったがスタジアムそのものはベルリンの壁のすぐ近くにあった。目の前にスタジアムがあるのにスタジアムに行けない時代が28年も続いた。

ベルリンの壁のせいで愛するクラブを応援することができなくなった東ドイツ在住のヘルタ・ベルリンのサポーターは、スタジアムに行けない代わりに壁の近くに足を運び、壁の向こうから聞こえてくるかすかなスタジアムの声援に耳を傾けた。秘密警察もこれを取り締まることはできなかった。

自由と民主主義と平和と豊かな暮らしを求める人達は、サッカーを愛することで、ファシズムに逆らい、共産主義に逆らい、自由と民主主義と平和と豊かな暮らしを生み出そうとし、そして、実現させた、あるいは、実現させつつある。

埼玉スタジアム2○○2で繰り広げられる声援は、自由と、民主主義と、平和と、豊かな暮らしを求めて戦ってきた先人達の上に成り立つ。そして、今日能勢以遠が未来のための第一歩となる。