德薙零己の読書記録

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石原孝哉&市川仁&宇野毅著・編集「食文化からイギリスを知るための55章」

食文化からイギリスを知るための55章 (エリア・スタディーズ)

 

イギリスの料理は不味いという評価がある。あるいは悪評がある。
実際にはそうとは言い切れないのだが、そのような扱いを受けるようになった経緯というものは存在する。

イギリスはナポレオン戦争でも勝利を収め、産業革命で先陣を走り、二度の大戦でも戦勝国となった。
そのために本質的な問題に向かい合わねばならなくなった。
生きるという本質的な問題である。イギリスが何をしてきたかは世界史を学べば否応なくその現実を目の当たりにするが、イギリスに生きる人、あるいはイングランドに生きる人の命をいかにして守るかに苦慮してきたという側面は存在している。

工場で働くにしても、武器を持って戦場に赴くにしても、食べ物をどうにかしなければならない。貧しくて食べるものに困る状態が続いている人を働かせたり戦わせたりさせるのは、どんなに非人道的な考えの人であっても効率の良い選択であるとは考えない。それよりは何かしらの形で食事を提供する、それも栄養を考えた上での食事を提供するほうが効率的である。
そのため、学校には給食が義務づけられたし、工場には食堂の設置が義務づけられたし、街中にも食事を配給する施設が登場した。自宅で調理しなくとも、あるいは食事に困る暮らしをしていようとも、とりあえずは食べていけるようになった。
それは戦争の渦中でも、いや、戦争の渦中であるからこそ機能した。男は戦場へ、女は工場へ、それがイギリスの選択であり、そのために食事への余裕がなくなった。いかにして効率的に栄養を供給するかが最優先となり、食事は楽しむものではなく生きるための手段となった。
イギリス料理は不味いのではない。生き残るために選んだ手段が味ではなく栄養を優先させた画一的な料理なのである。

ただし、これは過去形であるし、また、一側面からしかイギリス料理を捉えていない見方でもある。
実際のイギリス料理はバラエティに富み、そして、美味でもある。