德薙零己の読書記録

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おじいちゃんといっしょドラッカー講座朱夏の陽炎

旦部幸博著「珈琲の世界史(講談社現代新書)」

コーヒーがヨーロッパに伝わった当初、コーヒーは有害に違いないと考えた王様が、双子の死刑囚に対し、「二人を終身刑減刑する。その代わり、一人は毎日コーヒーを、もう一人は毎日紅茶を飲むように」と命じた。目的はもちろん、毎日コーヒーを飲んだ者が先に亡くなると証明することである。

その結果は思わぬものであった。先に亡くなったのは国王だった。

 

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

 

コーヒーとは実に奇妙な飲み物である。

コーヒーは空間を作り出す。

家の中で飲むこともあるし、職場で飲むこともあるが、喫茶店でコーヒーを飲むというのは独特な雰囲気を醸しだす。

雰囲気を醸しだす場としては古代から存在していた酒場があったし、酒場自体は今もある。ただ、酒場でのメインは酒であり、酒を呑みながらのお喋りである。

茶店はコーヒーが欠かせないが、コーヒーが喫茶店のメインではない。メインは喫茶店の生み出す雰囲気であり、お喋りだけでなく、コーヒーを飲みながらの読書、コーヒーを飲みながらの勉強、コーヒーを飲みながらの仕事も喫茶店は生み出す。こうした光景は現在のスタバやサードウェーブに始まる話ではなく、コーヒーがヨーロッパに伝来してすぐにコーヒーハウスとしてヨーロッパに誕生したし、伝来前の中東にもコーヒーハウスと呼ぶべき空間が誕生していた。そこには酒場に似た、それでいて酒場とは真逆の雰囲気の空間が存在していた。

コーヒーと対比すべき飲み物としては茶があるが、茶の場合はどういうわけかコーヒーハウスのような空間を生み出していない。しいて挙げれば日本の茶道が独特の空間を生み出している場と言えるが、茶道は喫茶店のような空間ではない。その代わりに茶が生み出したのは家庭内の空間である。自分で飲む、あるいは誰かを招いて飲むという文化を茶は生み出した。茶がさほど広まらずコーヒーが広まっている文化圏では美味しいコーヒーを煎れることが家庭生活を彩る重要な要素になっているが、茶とコーヒーとが選択できる文化圏の場合は、家庭内では茶、家の外ではコーヒーという光景がよく見られる。

これから先、コーヒーの代替となるような飲み物が、あるいはコーヒーを凌駕する飲み物が誕生することはあるだろう。だが、コーヒーが生み出す空間を新たな飲み物が生み出すだろうかと考えると、その答えは否とすべきだろう。