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小山慶太著「〈どんでん返し〉の科学史:蘇る錬金術、天動説、自然発生説」(中公新書)

〈どんでん返し〉の科学史 蘇る錬金術、天動説、自然発生説 (中公新書)

科学の歴史を語る書物は数多いが、その多くは一直線の「進歩の物語」として描かれる。すなわち、誤った古くさい旧説が、真新しい新説に取って代わられ続けてきたというのが科学の歴史の描写だ。

しかし、科学とはそんなに単純なものだろうか?

本書はそのような常識を軽やかにひっくり返す一冊である。タイトルにもある通り「どんでん返し」を科学史に重ね、否定されたはずの概念が、変貌を遂げて蘇る「もう一つの科学史」を鮮やかに描き出しているのである。

まえがきにおいて著者は、科学の進歩をコペルニクス的転回の象徴として語りがちだと指摘しつつ、同時に「捨て去られたものに注目せよ」と読者を誘い、そのあとの全4章の構成は、各テーマを「蘇る」「転変」「復活」「回帰」という言葉で象徴的に括っている。

1章「蘇る錬金術」は、中世の神秘主義から始まる。ニユートンすら没頭した賢者の石の追求は、ラヴォアジエの元素定義で荒唐無稽と退けられたはずであるが、20世紀のラザフォードによる放射性発見で蘇る。核分裂や人工元素合成、太陽の核融合といった「天空の錬金術」として蘇る過程は、化学反応では不可能だった変成が、核レベルで現実化する。

2章「転変をつづける宇宙像」では、天動説のしぶとさを追う。コペルニクスの地動説はコペルニクス的転回の象徴だが、著者は地動説と天動説の相似性を指摘する。すなわち、同心円の構造は変わらず、中心が地球から太陽へシフトしたに過ぎないと記す。ケプラーの楕円軌道やガリレオの慣性法則を経て、ニュートンを経て、電磁気学マクスウェル方程式エーテルが復活するが、アインシュタイン相対性理論で天動説は完全に葬られる。しかし、ハッブルの膨張と暗黒エネルギーの加速で、天動説と地動説の重なる「不動の基準」が回帰する。

3章「復活した不可粋量物質」は、熱素カロリックの栄枯盛衰を軸に。プラックやフーリエの熱伝導方程式で熱現象を説明した不可視の粒子は、ランフォードの摩擦熱で否定されながら、アインシュタインの光量子として粒子性で蘇る。コンプトン効果ガンマ線のペア生成で二重性を証明し、超伝導フォノン媒介でカロリックが準粒子として復活する。そして、質量の起源をヒッグス機構で語り、ビッグバン直後の「全粒子不可粋量」仮説で章を締める。

4章「回帰する生命の自然発生説」は、パスツールの実験で否定された説が、生命起源で蘇る逆説を描く。ダーウィン、メンデル、レーウェンフックの業績を振り返りつつ、DNA二重らせんのワトソン・クリックへと至り、ミラーの原始大気実験やストロマトライト化石における原始生命の化学起源を論じる。生命が物質科学に取り込まれる過程を、「相転移」として表現し、唯物論的な生命観を強調する。

量子コンピュータや宇宙探査が加速する現在の視点で過去の「どんでん返し」を振り返るのは、ときに未来への示唆に満ちている視点であると言えよう。