本書の「はじめに」でいきなり核心が書いてある。
- 「民族と民族とは、本来は対立し合うものだ」
- 人間の心の中には、「自分と異なる習慣や文化を持つ者」を拒否しようとする自然な感情がある
その上で、こう書いてある。
- 異なる民族が出会わなければ紛争は起きない
たしかにその通りではあるのだが、本書にあるとおり、異なる民族との出会いは当たり前に起こるのが人類の歴史というものだ。そこには互角な勢力である民族と民族との対立であったり、圧倒的勢力にある民族のもとに小さな民族が飲み込まれ同化する、あるいは民族全体が同化することのないまま留め置かれて冷遇化される、あるいは強大な勢力から逃れて別の場所に逃れようとするという構図が幾度となく繰り返され、その多くで戦争や紛争やテロリズムを生み出してきた。
これは必ずしも、他民族を飲み込もうとする強大な勢力の側のほうが加害者で、圧倒させられる側が被害者であることを意味するわけではない。何なら、ほとんどの民族は自らの行動を被害者として訴え、自分達の行為や行動は被害者としての当然の権利であるとさえ主張する。中にはそうした主張に同調する人もいるが、そうした同調が続くのは自分がテロの被害者にならないでいられるまでの話であり、被害者となったら最後、それまでの同調は捨ててテロを起こした民族の殲滅まで主張する極端な考えに至ることすらある。
本書はこのように記す。近代のナショナリズムや民族国家といった概念は、欧米列強が自分たちの都合で作った虚構であり、この虚構に縛られすぎるために新たな対立を生んでいると。その上で、冷戦終結後の世界で表面化した民族紛争は全て、この「望まない/望まれない移動」の延長線上にあると。
ただ、本書に記されている世界各地の民族紛争と移民問題を見てみると、そう単純に言い切れない話なのではないかと感じる。



