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五味文彦著「武士論:古代中世史から見直す」(講談社選書メチエ)

武士論 古代中世史から見直す (講談社選書メチエ)

私は平安時代叢書の中で、平安時代初期の38年間に亘る東北地方遠征終結後の朝廷の軍勢を武士のスタートであると記した。坂上田村麻呂の副官を務めた文屋綿麻呂による東北地方制圧による本州統一が弘仁二(811)年12月13日であり、その帰路に解散した軍勢が各地に散らばって武士となったというのが、平安時代叢書における私の主張である。

つまり、縄文時代終結と武士の誕生はほぼ同時である。

本書はそこまで明瞭に記してはいないが、武士という存在がいつ誕生し、どのようにこの国の中軸を占めるようになり、そして日本国をどのように動かすようになったのかをまとめた書籍であり、戦国時代の始まる前までを本書では取り扱っている。

現在放送している大河ドラマ「光る君へ」は藤原道長の時代を扱っているドラマであり、武士が登場しないわけではないが、武士にフォーカスを当てているわけではない。しかし、忘れてはならないのは、「光る君へ」の時代は平将門から50年以上経過した時代であるということだ。さらに、「光る君へ」の時代の100年前が芥川龍之介の「芋粥」の時代であり、今昔物語由来であるために必ずしも実像ではないとは言え、その時代には既に武士が当たり前の存在として日本国にいたことも確認できるのである。

700年に亘る武家政権の時代の前には、少なく見積もっても300年間に亘って武士がこの国の社会において当たり前の存在として存在していたこと、武士が無位無冠の庶民であるだけでなく中級貴族や上級役人にも名を連ねるようになっていたことを本書は指し示す。そして、武士が朝廷官職のピラミッドの中で徐々にその地位を上げていって権力を掴んでいったことも読み取れる。

鎌倉幕府にしろ、室町幕府にしろ、新しい権力組織ではあるものの、本質的には律令制によって定められた、あるいはそれ以前より存在していた日本国の政治体制の延長上の存在であり、当時の人にとっても特異ではあるものの特別では無かったと言えるのである。