山形浩生氏の翻訳による本書刊行は今年(2024)年であるが、原著刊行は1919年である。
1919年、すなわち第一次大戦終結直後に著された、ケインズの怒りの書籍である。
第一次世界大戦は連合国の勝利に終わり、敗戦国、特にドイツに対する処遇が苛烈を極めたことは世界史の教科書で多くの人が習うところであろう。あるいは、20世紀を扱うドキュメンタリーでも必ず登場するエピソードである。
本書はまさに、その苛烈に至る過程の極めて貴重なレポートであり、苛烈に至る場面に直面してきたケインズの怒りの書籍である。特にナチスドイツの台頭を知っている未来人である我々は、ケインズの怒りの理由に同意し、なぜかのような苛烈を戦勝国がドイツに課したのか、事情を知ることができると同時に、誤った決断をしてしまった105年前の人達に怒りを抱く。
感情として理解できなくはない。多くの人が死んだのだ。父が、兄が、弟が、息子が、孫が戦場で殺され、戦線とされた土地は見渡す限りの荒野と化してしまった。この惨状に直面して、戦勝国の国民は怒りに打ち震え、その責任の全てを敗戦国に押しつけることを選んだ。それも、有権者が選挙でそのような選択を選び、政治家が有権者の選択を遂行した。
ヴェルサイユでの会議が日を重ねるにつれて戦勝国の課そうとする賠償金の金額はみるみる増えていき、ケインズはこのままではドイツだけでなくヨーロッパを中心とする世界的規模の破滅を生むことを嘆いた。嘆いて、本書を世に送り出した。
ケインズの嘆きを本書刊行当時の人はどのように捉えたであろうか? 大袈裟と考えたか? それとも、理屈としては受け入れても感情としては受け入れないこととして拒絶したか? このときの戦勝国の、そして敗戦国の国民の感情は覚えておいたほうがいい。戦争は問題を解決するかのように見えて、かえって悪化させてしまうものなのだ。それも、自由と民主主義と平和を願う有権者の意思が、悪化を、さらには平和を壊す戦争の時代の到来を迎えてしまうのだ。
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