叱ることについての本質を突き詰めていくと、相手を正すことではなく、自分が正しいと満足することに行き着く。感情ままに相手をどれだけ非難しても、怒号を浴びせても、自分は正義であ留為全ての言動も行動も許されると考える。正義では無いと考える相手に対して、反撃してこない相手に容赦ない怒号を浴びせ、無抵抗な相手に対して容赦ない暴力を繰り広げる。
それは暴言であり暴力であると指摘しても、正義であると確信している側は指摘を認めないだけでなく、正義である自分に楯突く許されざる存在であるとしか認識しない。
さらに厄介なことに、成功例が存在しているのだ。怒号を浴びなければ100名が成功者になれたのに、怒号のせいで成功者になれたのが1人だけだったというとき、そのたった1人の成功者を以て怒号が正当化され、怒号を浴びせた本人は虐待者ではなく教育者として評価を獲得してしまうのである。
本書は、正義の名で繰り返される蛮行に対する警鐘であり、本書を読んだ多くの人は蛮行を許さないようになるでだろう。ただし、一つだけ懸念すべきところがある。それまで蛮行を繰り返してきた人は自分のやってきたことが蛮行と気づくことは無いであろうという点である。



