德薙零己の読書記録

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エドマンド・S・フェルプス著,小坂恵理訳「なぜ近代は繁栄したのか:草の根が生みだすイノベーション」(みすず書房)

なぜ近代は繁栄したのか――草の根が生みだすイノベーション

2006年、一人の経済学者がノーベル経済学賞を受賞した。

その経済学者の名は、エドマンド・ストロザー・フェルプス。インフレ率と失業率の関係についての理論的な分析や自然失業率の概念の発展に貢献し、賃金と価格の期待効果に関する研究が評価されてのボーベル経済学賞の受賞である。

本書は、その経済学者が近代経済繁栄の根幹を求めてまとめ上げた一冊である。

そこで述べているのは驚きの観点だ。従来の観点は、科学的知識の蓄積と国民全体に浸透による経済成長である。これに対し、筆者は科学的フロンティア知識が生産性向上というイノベーションを促進するという考えに異議を唱え、19世紀の発明家は科学的訓練を受けていないことが多かったと指摘した上で、市民が蓄積するローカルな知識の重要性と、その知識をイノベーションの推進やリスクテイクに活用する能力に焦点を当てている。要は上からのトップダウンではなく下からのボトムアップだ。

その上で、20世紀に誕生した三種類の経済体制を分析する。社会主義、コーポラティズム、そして、近代資本主義である。著者は経済哲学についての見解を随所で述べており、成長とイノベーションは切り離して考えるべきだと考えている。特に、他国の生産性向上を模倣する経済が革新的である必要はなく、技術は革新の代わりに移転することができるため、効率的フロンティアにおける生産性向上こそがダイナミックな社会の真のテストだとしている。ゆえに、社会主義は失敗であり、コーポラティズムも成功とは言い切れない。

その上で著者は現在の状況について論じる。上昇していた生産性が1960年代になって低下していることを、アメリカ、イギリス、そしてヨーロッパを通じた社会改革の歴史に触れることで論じ、自己の価値、知識の追求、目的の達成という考え方について論じる。従前であればイノベーションへの欲求を後退させるような景気循環であったとしても、草の根レベルから決定される創造的破壊によりリスクテイカーへのリターンを希薄にすることで、後退していく景気循環を前身へ向かわせるよう逆行させることが可能だとするのだ。

これこそが、イノベーションの促進である。繁栄に必要なのは、イノベーションそのものの創出ではなく、イノベーションを生み出しやすい環境を作り出すことなのだ。