德薙零己の読書記録

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マーク・ブライス著「緊縮策という病:『危険な思想』の歴史」(NTT出版)

本書刊行当時、世界経済における最大の悪夢とは世界金融危機リーマンショック)であった。多くの国は危機から脱しようと財政支出を主とする様々な支援策を展開しようとした一方、過剰な財政支出が国家の収支を悪化させ国家財政の破綻に導くという考えも多くの国で生まれた。それは我が国も例外ではない。

現在はあまり騒がれていないが、少し前はPIGS、あるいはPIIGSという、欧州各国のうち財政危機にある国を揶揄する言葉がニュースを賑わせ、そのうちのG、すなわちギリシャの財政危機問題はユーロ圏からの離脱まで検討されるという事態にまで陥っていた。それに対する回答は国家財政の健全化を前提とした緊縮策であり、財政健全化であった。この策に対する反発がツィプロス政権を生み出したことも記憶に新しいところである。

この財政健全化を全否定するのが、本書の著者、マーク・ブライス氏である。

マーク・ブライス氏は、政府の支出を削減し、税金を増やすことで、財政赤字を削減しようとする緊縮策というものが経済を悪化させる危険な思想であると主張し、失業率を高め、経済成長を鈍化させるだけの愚策と主張している。

それも論拠の無い話ではない。本書で取り上げているのは緊縮先を遂行した歴史上の事例である。その結果の経済危機と社会問題の深刻化は無視できるものではないというのが本書の主張だ。その上で、ケインズ経済学に基づく財政政策をとるべきだと主張している。政府の支出を増やすことで経済を刺激し、失業率を低下させ、経済成長を促進させることこそ、危機を脱し、国民生活の向上を図ることができると主張している。

特に着目すべきが1929年からの世界恐慌である。緊縮政策は「危険な思想」であると主張する著者は、世界恐慌における緊縮策がもたらした悲劇を書き記し、緊縮策というものは不況から脱出するためには最悪の処方箋であると主張している。緊縮策が経済成長を阻害し、失業や貧困を増やし、社会不安や民主主義の危機を引き起こすというのだ。

また、緊縮策でも経済効果が発揮した事例についても、金利低下や通貨切り下げといった緊縮策自体の経済効果の発揮ではなく、むしろ足を引っ張った側であるとしている。

本書は、経済学史や思想史に興味のある読者にとって有益な一冊である。特に、専門用語や数式を極力避けて平易に語っていること、また、多くの図表やデータを用いて、自分の主張を裏付けていることは特筆に値する。また、ケインズミンスキーといったこれまでの反緊縮派の経済学者や、アイスランドスウェーデンなどの非正統的な経済政策を採用した国々についても触れることで、本書の主張を強く裏付けている。